もと写真部。

合成操作

 試してみるから、と言った以上は、やらなくちゃ…
 頭の片隅にいつも残っていながらも、もう10日経ってしまった。

 『霧の日の参拝登山の写真を青空にして欲しい』

 やったことはないけど、この写真の真っ白な空を青空に見せる操作は、そう難しくないと考えた。
 技術的に「ああして、こうして…」って手順が頭に思い浮かんだから、『試してみるね』と、写真データを持ち帰ったわけで。

 ただ、気持ちが…どうも気が進まなかった。
 お参りのための行事の写真を、あとから気分で脚色していいのかなぁ?
 そりゃ、大願成就の記念だけど。
 ベストコンディションが望ましい気持ちは分かるけど。
 当日が霧の濃い曇りだったんだったら、写真の空が真っ白でもそれはそういう日にも頑張って登った、でいいんじゃないのかなぁ…?

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 悩みながら、もう10日。
 とにかく、やってみなくちゃ…
 やったことはないけれど、頭の中で手順は計画できた。
 一旦は預からせてもらった。試してもみないで放っておくのは気がとがめる。できなかったなら、できなかったと伝えなくちゃ。できたなら写真をメールで送らなくちゃ。

 引っかかるのはひとつだけ。
 記念写真が『合成写真』でいいのかな…?

 ようやく今日、Photoshopで写真を開き、レイヤーを足したり、前に自分が撮ったものの中から色の合いそうなきれいな空と雲が写っている写真を選んで重ねたりして、あの真っ白だった濃い霧の日の写真を、空色にした。
 プリントしたところ、違和感はない。よしとしよう。
 メールで義父母のもとに送った。

 これで本当に、いいのかな…だって、合成写真じゃない? 本当は、この日はこんなふうじゃなかったはずでしょ?

 プリントした青空の写真は、確かに、もとの真っ白な写真よりもいい感じになった。
 これで喜んでくれるなら…。

 でも、どうも心が残った。

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合成写真

 八月末に夫の実家に帰った時のこと。
 「ちょっと、あんたに頼みがあるんだけどぉ…」
と、義母が出したのは、1枚の写真。
 義父母が通っている教団が行なっている、参拝登山の頂上での記念写真だった。義父がデジカメを持参して撮ったらしい。
 「なに?」
 白装束をまとった人々が、お社と仏像の前にずらっと並んでいる。山岳信仰というのか、霊山を本尊とするのか、その信仰や御教えは詳しく知らないけど…
 「これ、先生の登拝70回の記念なんだわ。すごいことなんだわね、もう先生は80歳近いのに、お山に参拝に登るっていうことは!」
 「うんうん」
 確かにすごいことだ。
 日本百名山のひとつで、3,000m級の山だ。
 
 …で?
 「この写真が、なに?」

 「空がね…」

 空?
 
 「この日は霧が濃くてぇ。この写真を見た先生が、空が見えなくて寂しいっておっしゃるんだわね」
 
 人々の背景を見た。
 空は見えない。霧で真っ白。
 そりゃ仕方ないでしょ、こんなに霧が出て天気の悪い日の写真なんだし…と言いかけて飲み込んだ。

 まさか?

 「なんとかならん?」
 「…なんとかって…」
 「空の色、出せんかなぁ?」
 ちょっとぉぉsweat01

 「それって、合成だよ? 記念写真なのに、ウソになっちゃうよ? それでもいいの?」
 「だって何回も登っとるけど、ほら、きれいに青空が出とる日が多いんだわ」
と、義母は前回や昨年の写真を出してきて、広げた。
 「それで、せっかくの70回記念なのに、真っ白なのは寂しい、いつも晴れとるのに、とおっしゃるんだわね」
 「……」

 義父母のパソコンもiMacだけど、ここにはPhotoshopなどははいっていない。
 「うちに帰ってから、写真用のソフトでちょっと試してみるわ。待ってくれる?」
 わたしは、義父のメールを使わせてもらい、写真を添付して自分のアドレスに送った。
 「ごめんねぇ、でもせっかくの記念だからいいふうにしてあげたくてぇ…」
 
 いいのかなぁ。
 『写真』、なのに。『写嘘』になっちゃうんじゃないかなぁ。
 ちょっと気が進まなかった。

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ダーマトグラフ

 気に入って長い間使っているものが、いくつかある。
 そのうちの一つが、ダーマトグラフ
 もともとは、写真部員だった学生時代に、ネガシート(現像したネガフィルムを6コマずつに切り、差し込んで保存するためのファイルのようなもの)に日付や場所を書き込むのに使い始めた。

 09210908dermatograph

 先輩達は油性ペンを使っていたのでわたしも始めはそうだったんだけど、ある時、変えた。
 東急HANDSをぶらぶら見て歩くのが好きだった。そこの文具コーナーで見つけたあの紙巻き色鉛筆に、一目惚れしたのだ。
 何にでも書けるらしい。
 ネガシートのビニールの表面にも、ガラス瓶にも、もちろん紙にも書ける。
 書き心地もいい。
 子どもの頃の、むやみにクレヨンで線をひいて、紙に色がのるデコボコとした感触が指に伝わってきたのを楽しんでいた、あんな感じ。

 それからずっと、使っている。
 なにかと使っている。
 ダーマトグラフで何かを書くこと、そのものが楽しくておもしろいの。
 そして、次にいつ、あの糸をぐいっと引いて、くるくるくるっ…と紙巻きをひっぱれるかなぁ!? …と、わくわくしながら待っているのだ。

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'93.6.16

 夕べ、突然、夫のtetsuさんが
 「昔の写真ってどこにあったっけ?」
と言い出した。大学の写真部員だった頃に撮った、白黒の電車の写真を探しているらしい。
 目的の写真は、わたしの『押し入れ地図』によると、『リビング押し入れ上段奥の②』にあるはず。
(押し入れの見えないところにある段ボール箱に番号をつけて、その場所を絵に描いて、中身を覚え書きしておいたのだ)
 『押し入れ地図』によって、正確にその『tetsu・yufu 写真部』と記された段ボール箱が発見され、結婚して以来5年と11ヵ月ぶりに、その中身が取り出されることになりました。

 tetsuさんは、
 「こんな写真、撮ってたんだ…」
と驚いた笑いをしながら、今は廃線となってしまった電車の写真を眺めてた。もう15年も前に撮った写真だ。
 tetsuさんは自分の電車ブログにその古い写真を載せたくて段ボール箱を出して来たみたい。
 だけど、その段ボール箱には、まるでタイムカプセルのような宝物がしまってあった、って、気がついた。

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 1993年6月16日。
 わたしは大学1年生。写真部員になったばかりで、白黒写真の現像のやり方が、まだ分かっていなかった…(らしい)。
 その日、(どうやら)1つ上の先輩のtetsuさんに、写真の現像を一緒にやってもらう約束をしていたみたい……なんだけど、tetsuさんが兼部していたバドミントン部の都合で、すっぽかされてしまった(らしい)。
 部室には、長々と、その日一緒にやってもらうはずだった写真の現像の手順が書かれたレポート用紙が置いてあった(らしい)。

 09210407report

 そのレポート用紙を、読み返してみた。

 笑ってしまった。
 そこには、ものすごく細かく書かれた、『白黒写真の現像の手順』が。

 『では、準備をしよう。汚れてもよい服装にしよう』
から始まって、
 『まず、最初に薬品をつくる。現像液は、箱に書いてあるようにとかしましょう。水でもかまわないよ。透明になるまでかき混ぜよう。停止はバットに水をいれてから、酢酸をすこし入れる。定着は小暗室の中のポリタンクから『しょうゆジュルジュル』で移そう。…』
 いろいろ書いてある。
 『引伸し機の上を一回ふいて(現像液がとんでるといけないから)』
とか、
 『レンズは暗室のガラス容器の中から『63mm』とかいてあるのをもってこよう。(必ず両手で支えてつけること)』
とか。
 1993年6月16日。
 もう15年も前の、tetsuさんの手書きのレポート用紙。

 これ以外にも何枚か、tetsuさんの手書きの伝言を、わたしは捨てずに取っておいたらしい。何枚も出て来た。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 そんなメモが部室に残されていたこと、それを読んだこと、そしてそれを取っておいたこと…
 全部、忘れてた。
 
 当時のわたしは、tetsuさんにとっては、手のかかる後輩で困った妹分だっただろうに。
 結婚するなんて、どっちも思ってなかっただろうに。
 1993年のtetsuさんのレポート用紙を見て、今日は、幸せ。
 

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