元気なわたしでいたくて

なかなか、そうなれくて…

 不調。
 いや、全てにおいて不調、というわけではないのだけれど……
 普段は別に憂鬱ではないし、家事もまぁやれてはいるし。
 そろそろ秋植え球根を買いに行こう、と思たら、2日後、ガーデンセンターに行けたし。
 この間のアウトドア友達の結婚式の引き出物のお菓子を、結婚式には参列しなかったけどよく一緒に遊びに出ている知人の家におすそ分けに行こう、と思ったら、行けた。今日。

 『やろう』と思い立ったことは、たいていすぐかその日か、出かける用事なら2〜3日のうちにやれているのだ。
 洗濯物や乾いた服が積み上げられて山になっている、ということも、この頃はない。
 キッチンの生ゴミだって、『ゴキブリ撲滅月間!』と気合いを入れた10月1日からはその日のうちに2重に袋に詰めて、ニオイも汁も漏れないようにしてちゃんと捨てることができている。夜遅くても。(まぁ、やらない日も何日かあったけど、許容範囲内なのだ)
 うんうん、なかなかいい調子じゃないの?

 …と言いたいのだが。

 不調。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ネックになっているのは、朝。

 起きられないのだ。
 気持ちは起きようと頑張っている。だけど、体が勝手に手指を動かして、目覚ましのスヌーズを何度も止めている。
 引きずり込まれる。
 単に眠いのではなくて、なんと表現していいか…頭をわしづかみにされて低い暗いところへ引きずり込まれる感じ。苦しい、放して、と思いながら、意識の闇に沈められてしまう。
 朝食を作って夫のtetsuさんと一緒に食べられたのは、ここ1ヵ月で数日だった。休日のブランチがほとんど。通常日の朝7時前に食卓…は、2回? あったか…?

 あぁ…あ。

 子どもの頃から『早寝早起きタイプ』じゃなかったのは否定しないけど、ここまで意識して起きようと頑張っているのにダメってことはなかったのにな…。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 そんな今日、心療内科の通院の日だった。
 引き出物のおすそ分けを届けに寄った知人の奥様が
 「お茶でもどう?」
と誘ってくれたけれど、
 「これから病院に行くの。ちょっと寄っただけ」
と断った。ホントは、きっと彼女ならそう誘ってくれると分かっていて、帰りじゃなくて先に寄ったんだけど。
 「調子はどう?」
と訊かれたので、一昨日の『電話をかけてきたのにかけ直したら出なかったから、弟が心配してtetsuさんの携帯に電話した』という話をして、
 「最近はなかなか朝も起きられなくて。一昨日はtetsuさんにも弟にも、心配させちゃった」
と言ったら、
 「心配させたなんて、全〜然! 思わないよー。あたしだったら! 『周りに目配りがあってラッキー☆』くらいよ! だいたい、子どもがいたって朝起きないママもいるし。いっぱいいるよ、幼稚園のママ友に。ホンットに起きないんだから。いいって、いいって!」
と明るく笑い飛ばしてくれた。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 心療内科で、先生に、
 『やろうと思ったことはたいていやれているけれど、朝が起きられない。朝食を作って夫と一緒に食べて送り出せるようになりたい』
ということを話したら、抗鬱剤はもう少し続けましょうとのことだった。わたしが妊娠出産を望んでいるから早く薬をのまなくていいようになりたい、ということは、理解して下さっている上で。
 そして、おっしゃった。
 「朝、週にまず1日、だんなさんと一緒に朝ごはんが食べられたら良かった、と思いませんか? 休みの日に遅い時間でも、一緒に朝ごはんを食べられたらまずはOK、というふうに考えませんか? 目標を作って努力することもいいですが、できていないことよりも、できたことを○と思いましょう」
 薬はなかなか減らない。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 結婚前にわたしが思い描いていた生活は、10分15分早くふとんから出て先に朝ごはんの用意をしながら、起きてきた夫に
 「おはよう!」
と笑顔で挨拶することだった。前はそれができていた。
 そして一緒に朝ごはんを食べて、玄関で出勤する夫をぎゅっと抱きしめて、
 「いってらっしゃい!」
と手を振って元気に見送ることだった。
 前は、それがわたしにとっての当たり前だったの。

 早く、その当たり前にしたいよー!

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便りがないのは

 『便りがないのは良い便り』という。
 家族の中には持病持ちもいるけど、とにかく、まぁ、変わりなく平和っていうことなのだ。母や弟達から取り立てて連絡がない、ということは。
 もちろん用事があればするよ。
 昨日の午後、末弟C君の携帯に電話した。
 3人の弟のまんなかのB君が中国人の彼女と結婚してから数ヶ月、年末に中国で挙式するって言ってたのはどうなったんだろ?
 兼業マジシャンのC君が
 『式には必ず来いと言われた。どうせなんかやれ、ってことだろ。やれやれ』
と話していたので、B君の挙式とC君の渡航予定を訊ねようと電話をかけてみた。(一緒に航空券を手配してもらえたら楽だな〜なんて(^^;)
 C君は電話に出なかった。
 仕事中だったかな? …なんて思って、切った。C君は大学院生でマジシャンだが、本職は臨床心理士なのだ。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 そのあと、夕方からちょっとしんどくなった。
 ぼーっとかーっとしたので体温計をくわえたら、どうやら少し熱があるらしい…。
 夕飯の仕込みもできていることだし、と、おでこに熱冷まシートを貼ってふとんに入った。
 夢をいくつも見た。携帯が鳴っていたのに気づいたけれど、これも夢なんだか本当に鳴っているのか分かんないや…

 表で音がした。あぁ、tetsuさんが帰って来たな…と思った。足音で分かる。
 夕ごはん、夕ごはん…重い頭を何とかあげて、起き上がった。
 バタン!
 「ただいま! 大丈夫!?」
 「…?」
 なんだかいつもとは違う剣幕?
 「おかえり…ちょっと熱があるみたいで…、ごめん、すぐに夕ごはん用意するから」
 駆け寄ってきた夫は、 
 「あぁ! 大丈夫!? さっき、C君が電話くれたんだよ!」
 と言った。
 あれ…? 夢うつつで聞いたあの着信って…C君かぁ…。
 「お姉さんから電話があったのにかけ直しても出ないって。さっき、僕のところに電話があった」
 心配されていたのだ。
 末弟にも、夫にも。

 とても申し訳ない心地がした。電話に出ないくらいで。
 夜だから料理してるかお風呂に入っているかだろう…では、済まなかったんだな。わたしだから。
 心配させてしまった…

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あまりにも眠くて

 ここ2週間、朝、全然起きられなかった。
 アラームが鳴るのは、6時15分と20分。
 その音に反応しないで鳴らせっぱなし、とか、おふとんに引きずり込んで止めて、スヌーズもまた止めて、夫のtetsuさんが
 「あさごはんは、何を食べればいいかな?」
と訊ねるのを、
 「ごはんが炊けてるはず…あと、夕べの大根とがんもの煮物が冷蔵庫にあるから、温めて…」
とか、
 「ごめんなさい、ごはんしかない…」
とか、夢うつつで答えていた。
 頑張って起き上がった日もあったけど、頭がくらくらして、壁にぶつかって、まともにお手洗いにも行けなかった。心配したtetsuさんが
 「ごはんは適当に食べるからいいよ、ゆっくりお休み」
と言ってくれたから、そのまま引きずられるようにまた眠りに落ちて、自然に目覚めたのは陽が昇った10時とか11時とか。
 そんな調子が2週間続いた。

 夜11時か、遅くても12時くらいにはおふとんに入るようにしていたのだけれど…
 ぐっすり、落ち込むように眠った、ということは、近頃ない。夜中にたびたび目が覚める、なんてことや。寝付けなくて1時間も2時間もふとんの中で困っている、なんてことはたびたび。夢を見て30分ごとにだるい感じで目が覚めて、不安な気持ちでいた。
 ところが、この2週間は、寝る前の薬をのんで、ふとんに入って、30分から遅くても1時間以内にはぐっすりミイラのように熟睡にはいっていた。
 それなのに、寝坊。
 『薬が効き過ぎているのかな?』
と考えて、今は寝る前の薬の組み合わせを替えたり、のまなかったり、模索中。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 今日、朝の6時15分のアラームで起きられたのは、本当に、2週間ぶり。
 お洗濯を2回して、もちろん朝ごはんも(お昼までおなかが空かないくらい)作ってふたりで頂いた。

 普通に、元気に、早く、なりたい!

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水と空のあいだ-47冊目の本

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 水と空のあいだーイイノナホ

 図書館でとんぼ玉について書かれた本を探そうと思ってガラス工芸の書架を眺めた時に、たまたま目についた本。薄い真っ白な背表紙に、縦書きで『between water and sky 水と空のあいだ イイノナホ』と印刷されていた、その清廉な雰囲気に惹かれて書架から抜き出した。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 開いてみて、
 「あぁ、これはガラス作家の作品集なんだな」
と分かった。
 画集とか写真集とか作品集、というものは、実はあまり見ない。
 今のところ『誰それのあの作品は好き』というふうに気に入ることはあっても、『誰それの作品ならどれも好き』というのはないから。それは音楽でも同じで、気に入った楽曲を見つけてもそのアーティストの曲が全部好みというのはなく、わたしのiPodの中は様々なジャンルの数多くのアーティストの曲でごちゃごちゃ。
 そんなわけで、このイイノナホさんというガラス作家の作品のなかで気に入ったものがいくつかあるのでメモしておく。
 『lake』シリーズ
 『oasis』
 『クローバー』シリーズ
 『白い羽』と『青い羽』
 『pair』
 分かりやすいのが好きなのかもしれない。タイトルと作品から受けるイメージが自分の中で重ならないものは、ちょっと、どうも。作家と自分の感じ方の違いを感じてしまうからか、好きではない。
 クローバーや羽が封じ込められたようなものは、その素材そのものの自然の形が小さな泡まじりの透明なガラスの中にふわっと浮いている。何かの意思表示や作家の感情の投影を受け取ろうと悩まなくていい。単純に見ていてきれいだと思う。そんなものが好き。

 『oasis』、見てふと笑ってしまった。
 白い砂漠の中を2頭のキリンが歩いている風景。
 『oasis』っていうタイトルなのに、そこには緑も木陰も水もない。見えないオアシスを求めてさまよっているのかもしれない。
 でも、どんなところにいてもふたりで寄り添って歩いて行くその心頼りが、オアシスなのかもしれない、と、思った。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 最後に、3つの文章があった。
 作家がガラスを始めたいきさつなど、彼女のガラスをつくる作業についての気持ち、そして子育てをする母親としての立ち位置から思いを綴った『真っ白な個性』というタイトルの文章。
 気になって何度も読み返したのが、3つ目の『真っ白な個性』。

 子ども達が命の始めからもっている個性を、『強い』と『真っ白』と言っている。
 その真っ白な強い個性に記憶が色を重ねていき、そのひとだけの絵になって、大人になる前にしまわれてしまうのだそうだ。
 強いのに真っ白、真っ白なのに強い、って、感じとしては分かるような気もする。だれか子どものものとしては、わたしはまだ子育てをしたことがないから、実感できないけれど、自分が生まれてから今までの人生を思い返すと思い当たるような気がする。
 わたしが何も記憶を持たない命として生まれて、両親に育てられ、友達と接し、学生になって、社会人になって、今34歳のわたしはなんかちょっと頼りないし決して素晴らしい人にはなれていない。わたしの『真っ白な個性』に落ちて色を重ねた記憶の色水はどんな色で、わたしの心の中にそっとしまわれたわたしだけの絵はどんな絵なんだろう?
 過去をたぐることで今が変わるわけじゃないけど、心に残る文章だった。
 

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せき

 風邪をひいているわけではないのに、せきが出ている。
 それも、長く。
 群馬に引っ越してきて約1ヵ月目のお盆前ごろから、この間まで、「かふかふ」「こふこふ」というせきが、毎日続いた。
 ひどく咳き込むというのでもないけど、毎日せきをするのでちょっと心配だった。
 
 9月に持病の橋本病の薬をもらいに総合病院の内科を受診したときに、
 「1ヵ月半くらい、毎日、数回せきをします」
と相談したら、
 「数回ならそう大したことないでしょう。続くようだったら循環器科に行って下さい」
と、わたしの喉さえ見ずに軽くあしらわれた。
 見もせずに判断できるんかい!?
 …と、腹立たしい気持ちになったけど、自分でもまだどういう時にせきするのか見極められていない状態だったので、引き下がった。

 その後、気づいたこと…
 1.夕方から夜に咳き込みやすい
 2.お酒を呑んだ後に咳き込みやすい(でもそれは夜に咳き込みやすいのと一致しているので、アルコールアレルギーかどうかは分からない)
 3.特定の部屋(北側のカビ畳部屋)や特定の場所(山とか、畑とか、雑草の多い場所とか)で咳き込むわけではない

 以前アレルギー検査を受けた時には、『蛾』にややアレルギーがあるらしい、ということと、圧迫や寒冷やストレスでじんましんがでることからそれらもアレルゲンらしい、ということだった。
 花粉症や食物には全く感受性がなかったらしい。

 それで疑ったのは、カビが畳一面に生えた北の和室のせいでカビアレルギーになったのではないか、ということ。
 あと、マンゴー好きでマンゴーを食べ過ぎてある時突然マンゴーアレルギーになってしまった友人のように、アルコールアレルギーになったのではないか、ということ。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 CMで『2週間せきが続いたら、結核かも知れない。専門機関を受診して下さい』なんてのを観てるからちょっと心配だった。
 もういい加減、病院で真剣に相談しようか…何て言っていたのに、この週末あたりからせきはしなくなってきた。

 何だったんだろ?
 収まったなら、それはそれでいいんだけど。
 もし来年もお盆から10月にかけてせきが止まらないようだったら、季節の花粉症かもしれない。
 まぁ、その時は、その時。

 今?
 今は、あまり出ない。
 例えば真っ昼間にカルーアミルクを作って飲んでも、モスコーミュールを作って飲んでも、急に咳き込んだりはしてない。

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橙色の実の写真

 朝、近くの山で取ってきたカラスウリの実の写真です。
 カラスウリだけじゃなくて、まだ青いサンキライと、くすんだ赤色に熟したノイバラの実も見つけました。

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 何年か前にどこかで拾ってきた木の枝につるを結びつけて、最後にサンキライの枝を丸めてひっかけました。
 これは居間のテレビボードの上の方の壁にかけました。
 部屋のどこにいても橙色の明るい実が目を惹く。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


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 つるから切れてしまった実は、外でクズの葉を切ってきて、テレビボードの上に並べて飾りました。
 ノイバラのとげが固かった。

 寒くなってきたから、しまってあったオレンジ色のカーテンに替えようかと考えていたんだけど(今は白)、そうするとこの橙色の実が目立たなくなってしまうかな? もう少し待つことにしよう。

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橙色の実

 この間、うちの近くの高いところに、橙色の楕円形の実があるのを見つけたのです。

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 「あれ! カラスウリの実だ!」

 橙色の実、イコール、秋。

 ベランダには秋の草花を植えてあるし、今どきはキンモクセイが満開。
 十分、秋です。

 それでも、あの橙色の楕円形の実を見つけた時、嬉しくなったの!
 だって、カラスウリって、お花屋さんでしか見たこと、無いsweat02
 買うとけっこう高いのよ…
 それが、あちこちになってる。
 とっていいかな…?
 いや、全ての土地に持ち主がいるってことは、知ってはいるんだけど。
 山にだって荒れ地にだって、国だか個人だか、一応、持ち主はいる(はず)ということは、まぁ、…頭では。はい。
 でもほったらかしなら、ちょっと分けて下さいねheart04
 
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ということで、愛車キャスパーに脚立を背負って、金山のふもとにカラスウリを取りに行きました。

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 橙色に熟れた実とつるを引っ張って、青いシマシマの模様の若い実も2個だけ取れました。
 秋だ!

 外に出れば秋はいっぱいあるんだけど、うちの中でも楽しみたい。
 帰って、何年か前に拾った枝に結んで、飾りました。
 写真は、撮ってすぐに夫のTetsuさんがカメラをもってそのまま遠出してしまったので、また追加します。

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写真と記憶

 このごろ、いろいろあって、ちょっとくたびれちゃった。

 愛機Macが不調だ…と心配していたら、突如、外付けハードディスクにアクセスできなくなった。
 パソコン専門店にデータのサルベージに出したけど、
 「完全に故障していて、データが取り出せません」
 うそーーーっ!
 ここ3年くらいの写真が…(T-T)

 写真が全部、消えた。
 写真を見れば思い出すことがある。
 写真と記憶と思い出が、わたしの頭の中に全部つながっているのに。
 写真は、その記憶の引き出しの把っ手。
 それらが全部一緒にふわんと揺らめいて、消えた…。

 ここでかなり落ち込んだ。
 
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 何とかあきらめて、今後のバックアップに新しい外付けHDDを買った。
 なのに、新品を取り付けたら、なんか、おかしい。
 夫のtetsuさんは
 「壊れてるんじゃないの?」
と言ったけど、わたしは新品のHDが壊れているって思えなくて、うちのMacがおかしいのか、と心配した。何しろ最近、Macの調子が悪いし…
 納得できずにいろいろ操作を試した。あきらめがつくまで、気がついたら4時間経っていた。

 結局、故障品扱いで返品して、少し高いほぼ同等の機種を値引きしてもらってきたんだけど、やっぱりどうも変…
 少し工夫したらまぁ納得できるように動くようになったんだけど、疑問は残った。
 うーん。
 うちのMacが変なの?
 ディスクユーティリティの診断結果は異常なかったんだけど。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 バックアップにDVDを焼いておけばよかった…と悔やんだけど…
 『あとのまつり』
 『覆水盆にかえらず』
 ことわざ通り。
 『It's no use crying over spilt milk!』
 くー!
 こんなときまで、英語の勉強で覚えた例文が頭に浮かんで来なくってもいいのに!

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 はぁぁ…。
 とてもつらくて、ちょっと気持ちが回復するのに時間がかかりそうです…

 がっかりと言うか、なんと言うか。

 

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『ねこ写真』

 …というタイトルのメールが届いていた。

 差出人は、夫のtetsuさん。

 本文は、

 『ネコ系です
   http://fotopus.com/neko/』

…と、だけ。

 
 一昨日の夜、帰ってきた夫のtetsuさんに、仔猫のことを話した。
 うん、うん、と相づちを打ちながら聞いてくれた。
 そして、その後は何も言わなかった。

 夕べのわたしは泣きながら、睡眠がつらいという現状をtetsuさんに話した。
 

 このメールは…

 かわいいねこの写真を見て、元気出してね〜

 ってことなんだろうな。きっと。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

 見た。
 かわいくて、あの仔猫のことを思い出して、涙が止まらなかった。

 でも最後には、つい笑っちゃって、ちょっと元気が出た。かも。

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眠っているのに、眠れない

 今日も、やっぱり体調がすぐれなかった。
 午前中は比較的良くて、郵便局に自転車で行って、さわやかな秋の風を楽しんできたんだけど…

 夕方、眠くなってふとんの上に倒れ込んだ。
 夫のtetsuさんが帰って来た。起きられなかった。
 呼び鈴が鳴ったのが聞こえた。わたし宛の小包が届いた、と思った。夜間指定の通販の荷物だから、もう8時は過ぎているだろう、と考えた。わたしは起きられなくて、パソコンの前にいたであろうtetsuさんが玄関に出てくれた。

 そのあと、tetsuさんがわたしを起こしにきている…と思った。
 夕ごはんの支度をしなくちゃ…と思った。
 手を動かそうとした。
 目を開けようとした。
 はっ、と、そこにtetsuさんはいないことが分かった。蛍光灯の小さい赤い光の中に白いかばんが見えたような気がした。あれをtetsuさんの白いシャツだと思ったのだった。
 なんだ…。

 またすぐに、tetsuさんのGパンがこすれる音と気配を感じて、起きようとした。
 声を出してtetsuさんを呼ぼうとした。
 手を出して引っ張ってもらおうと思った。
 体が重かった。
 また、そこにtetsuさんがいないことが分かった。
 夢か…

 そんなことを何度も何度も繰り返した。
 起きなくちゃ。
 …いない。
 起きなくちゃ。
 …いない。夢?
 起きなくちゃ。
 …また、また夢?
 ようやく何とか起き上がった。何時だろう…?

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 壁に手をつきながら、洋間に向かった。
 tetsuさんはパソコンの前にいた。
 「わたしのこと、何度も起こしにきた?」
 「ううん、帰って来た時と宅配便が届いた時に声をかけただけだよ」
 突然涙がぽろぽろと出てきた。
 「つらい…。眠ってるのに、眠れてない。何度も何度も夢を見て、起きなくちゃ、って、もがいて苦しくて、つらいよ」
 tetsuさんは手を伸ばして抱きしめてくれた。

 夜ふとんに入って自然に眠りに落ち、翌朝すっきりと目覚める…なんてことは、もうどのくらいか、経験がない。当たり前だったけど、あれは幸せなことだったんだ。
 早く元気になりたい!

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いなかった…

 目やにで目が塞がった仔猫を駐車場の近くで見つけて、迷いながらいったんは家に帰ったわたし。
 2時間。
 ずっと2時間、気になっていた。

 育てて世話をする自信と覚悟と決意は、結局なかった。
 でも、どうしても気になって、タオルをもって家を出た。
 あれから2時間とちょっと経っている。
 もし、まだあの辺りにいたら…

 とりあえず連れて帰ろう。
 タオルにくるんで連れて帰って、お湯をわかして顔を拭いてやろう。
 目やにがとれて、ひとりで歩けるようなら、もとのT字路のところに戻して、少しなにか食べるものをやろう。当面の体力をつけて、独りで生きていけるように。

 そう考えながら、タオルを左手に握りしめて、仔猫がいた場所へ歩いていった。

 …いなかった…。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 その辺りをうろうろと探してみた。
 あれから2時間。まぶたが塞がった仔猫が、そう遠くへ行けるわけじゃないだろう。
 道路や薮を探してみた。

 見当たらなかった。
 親猫が連れて帰ったのだろうか?
 誰かが拾っていったのだろうか?
 少なくとも、道路で轢かれたりはしていなかった。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 わたしはタオルをそのまま握って、持って、帰って来た。 
 仔猫がそこにいなかったことで、わたしが、残念だったのかほっとしたのか、よく分からない。


 

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仔猫

 朝、起きられなかった。
 夫はひとりでパンを焼いて食べて、カッパを着て自転車で出勤していった。
 わたしは羽布団を巻き込むみたいに丸まってた。
 気分がすぐれない…。

 今、何時だろう?
 今日は火曜の特売日だからお買い物に行かなくちゃ…
 それに昨日書いた手紙とハガキを出しに郵便局に行かなくちゃ。
 tetsuさんのスーツのズボンをクリーニングに出しにいかなくちゃ…今日は火曜日だから、ズボンが20%OFFの日なんだから…

 えいっ…!
 何とかふとんから這い出て身支度した。
 ちょうど雨上がり、明るく太陽が出たところだった。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 その仔猫を見つけたのは、郵便局と買い物とクリーニング屋さんを回って帰って、駐車場に向かうT字路の突き当たりだった。
 車で近づいても、その仔猫は身じろぎしなかった。
 『痩せてる…野良猫だ。目が塞がっているのかもしれない』
って、思った。
 手のひらに乗るような乳飲み仔じゃなくて、乳離れしたくらいの大きさだった。
 どうしよう…と考えながら、曲がって駐車場に入り、車を止めて、荷物を降ろした。
 猫は好きだ。
 でもすぐに拾って帰れるか、と言ったら、そうでもない。
 まず、この社宅は、ペット禁。だから遊びにきて勝手に部屋に入ってくるあのチャイにも、知らんぷりを通しているのに。
 だいたい、わたしに猫の面倒をちゃんとみることができるんだろうか?
 この間の5月に、実家のニー君が老衰で亡くなった。18年生きた。老衰? じゃなかったかもしれない、2年くらい、動物病院に母や弟達が連れて通って、腎臓病の療養食を食べさせていたから… 弟達はごうごう泣いたらしかった。育て、世話をし、看護もし、看取る、そんなことがわたしにできるだろうか? 自信が持てなかった。

 荷物を抱えて、駐車場から家に戻ろうとしたら、やっぱりその仔猫はそのままの姿勢でそこにいた。
 ・・・。
 たぶんひとの年齢なら小学校低学年くらい。
 目やにでまぶたが塞がっていた。
 迷った。
 近くに動物病院は、ある。
 迷った。
 親猫が近くにいるかもしれない?
 迷った。
 仔猫はそのままの姿勢でいる。
 迷った。
 どうしよう…。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 結局、そのままわたしは家に帰った。
 仔猫を拾って育てる自信がなかった。
 親猫が探しに来ることを願った。

 …こう書きながら、気になっている。
 見に行こうか?
 見に行ってどうすの?
 いたら?
 そのまま、いたら?
 

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金山と赤城山

 うちは『金山(かなやま)』という小さな山のふもとにある。
 
 昨日、その金山のちょうど反対側に用事があって、天気もよかったので自転車で出かけることにした。
 まだ道に不慣れなので、地図でルートをシミュレーション。
 と言っても、『松風峠』越えか、ふもとをぐるっと大回りするか、の2通りしかないのだけど。

 240m足らずの小さな山…とは言え、松風峠までほぼ直登の坂。けっこうしんどそう。
 ここは少々距離が伸びても、ふもとを大回りコースにしておこう…
 「そんなことでは、秋に伊東までの長距離ランは走れんぞ!」
という叱責の声が聞こえてきそう…あはは、今年はサポートrvcarの予定だもーんっ sweat01

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 そんなことで、ふもとコースbicycleで行ってきた。
 途中、赤城山がきれいに見えたので、パチリcamerashine

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 写真の奥にうっすらと写ったでこぼこした山影が、上毛三山のひとつ、赤城山。
 この辺りは水田が多いところで、稲穂が重そうに揺れてた。
 秋だねぇ…。

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『献血ができた』という幸せ

 何かと助けていただいている方が手術を受け、無事退院してきた…という知らせを聞いて、ほっとした。
 が、『抗血小板薬をのみ続けなくてはならない』とおっしゃる。
 抗血小板薬?

 『血小板』という文字に、あっ…と思って、献血のカードホルダーを探した。
 成分献血をずっと続けていたんだけど、あれは『抗血小板薬』を必要としてきた人々の役に立てていたのかな…と思って。
 引っ越しのどさくさでいまだに迷子になってしまって困っている物もあるのに、献血のカードホルダーは、記憶通りの場所からすぐに見つかった。
 日傘やサングラス、ペットボトル用保冷機能付きのポシェット、かかりつけのお薬手帳、帽子、日焼け止め…ほか、いつでも使うものをまとめて入れてあるバッグの内ポケットに、ちゃんと入っていた。
 カードを取り出したら、『65回』と印字されている。
 わたしの右腕の肘の内側には、痕がある。献血するときに太い針を何度も刺した痕。コブになっていて、病院で採血する時に袖をまくると看護士さんに驚かれるくらいの、痕。
 今まで、65回献血してきたんだ。
 しみじみと見て、残念に思った。
 最後の献血の記録は、『H19.07.06 血漿 東京』。
 2年以上も前。

  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 そもそも、献血をはじめたのは大学生の頃だった。
 『生長の家』の教えを知ったころ、誰かのためになりたいと思った。その頃のわたしは、自分で言うのもなんだけど、体格もよくてよく食べて、『元気』には自信があったの。
 あまりある元気が誰かの役に立つのなら!
 奮い立って大学から自転車で20分ほどの場所にある献血ルームを訪れた。

 献血ルームでは、当時、1回献血すると、献血の種類によって500円か1,000円の図書券がもらえた。
 実は、ちょっと後ろめたい気もした…何かの本の一節に『売血』という文字があったのが、頭をよぎったから。
 でも、大学生のわたしは、
 『有り余る健康なこの血液が誰かの命を救う役に立つなら、じゃんじゃん、あげる! おまけに図書券をもらえたら、教科書を買う足しにもなるし!』
…と思って、成分献血の2週間周期ごとに、せっせと献血ルームに通ったのだ。図書券は大学生協の書籍部で、興味を持った(けど高い)本を買うのに使った。
 社会人になってからも、回数は減ったものの、成分献血を続けてきた。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 そう。
 社会人になってからも、続けてきたの。
 6年前に結婚して群馬に来ても、4年前に夫のtetsuさんの転勤で東京に引っ越してからも。
 最後の記録は『H19.07.06 血漿 東京』。
 乞われて仕事に就いたのは、そのあとの9月1日だった。献血ルームに行く余裕がなくなった。
 鬱病の診断を受けたのは、その会社で1年経った、平成20年の8月20日。

 引っ越してきて、ひと月に2回は図書館に行っている。
 同じ敷地にあるのだ。献血ルームが。6年前に結婚したころ、その頃は図書券とか下心なしに、訪れていたのに…今は同じ駐車場に車をとめても献血に行けない…
 持病があるから。
 薬をのんでいるから。
 …。

 心と時間にゆとりがあって、健康で薬ものんでなくて、『誰かのために』って手を合わせる気持ちで献血に行けたあの頃のわたし。
 そうなりたい!
 

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『家』を考え始めた。

 この頃気になるのは、『家』の本。
 4年間のトーキョー生活を経て再び群馬に引っ越してきたわたしにとって、人生で重要だと位置づけている3つのものの、ふたつ目と3つ目が、身近なもの…として感じられるようになったのだ。
 順番からすると『3つ目』なんだけど、そろそろ頭の隅から中央の方へ持ってきてちゃんと考え始めた方がいいと思うの。
 賃貸や社宅暮らしから、『暮らしたい家を創ること』へ。
 これからずっと群馬に住むことになるみたい。
 気楽で家賃の安い社宅も、もちろん悪くないけど。
 やっぱり『暮らしたい場所』を求める気持ちがある。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 そんな気持ちになったので、新聞の折り込み広告の『土地』『中古住宅』なんかに目が止まる。

 わたしたちはどんなところに住みたいんだろう?

 そう考えたら『土地』が気になり始めた。
 この辺りは、街中でも全然便利じゃない。
 駅に近くたって、あんまりメリットがない。
 買い物に行くならどうしてもクルマが必要なお土地柄なのだ。
 だったら、思い切って山奥でも…いい。

 わたしたちは、どんな家に暮らしたいんだろう?
 そう考えたら『中古住宅』が気になり始めた。
 『山奥の不便な場所だからお安い』っていう中古住宅でも、手を加えて長く暮らせるなら願ったりかも?
 農家の古屋と畑が格安の値段で売りに出ているのを見たことがあるけど、ちょっと夫のtetsuさんが会社に通うのに遠すぎた…残念。
 古民家の移築…というのも、興味あるなぁ!

 あ、建て売りはやっぱりパスかな…

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一転、生活リズム。

 トーキョーからグンマに引っ越して、早1ヵ月。
 ほぼ部屋も片付いて、引っ越し前にヤッテシマッタ肋骨の骨折もまったく痛みがなくなった。
 田んぼの中の、ななめやカーブの多い道に迷ってはいるけど…
 まぁ、落ち着いた。かな。

 そして、生活リズムも元通り…と思いきや。
 
 
 
 全く変わってしまったのだ。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 まず、夫のtetsuさんの勤務時間が変わった。
 トーキョーでは『9時〜6時+23時まで残業』だったので、朝8時ちょっと前に家を出て夜0時近くに帰宅していた。そのあと夕ごはんを食べてお風呂に入って就寝。
 わたしは朝7時に起きて朝食の支度をし、午前中に家事と買い物、午後は割とのんびりして、夕方ちょっと睡眠補給して、夜9時頃から夕飯の支度をする…という毎日だった。

 それが、がらっと変わった。
 tetsuさんの勤務時間は『8時〜5時、残業はほとんどなし』となり、朝7時20分頃家を出て夕方7時頃には家に帰っているのだ。
 それに合わせて、わたしも朝6時過ぎに起きて朝食の支度をし、そのために夜は11時過ぎには寝なくちゃ…になったのである。
 そんなに早く、寝れないー!
 タダでさえ睡眠薬を使っている身。それにしたって服んでもすぐに眠れるわけではないし、時間とタイミングがズレたら服んでも眠れない上に翌朝までだるーい眠気が残ることもある。
 うぅぅ、…健康な眠りが欲しい!

 夕ごはんも早くなった。
 おなかを空かせた夫が自転車通勤で夕方7時には帰って来る。
 前のように、午前中から昼過ぎにかけて家事と買い物とアルバイトして、午後はのんびりして昼寝もして暗くなってから夕ごはんの仕込み…なんて悠長なことをしている場合ではないのである。
 この頃は、午前中に買い物をしたら、休む暇はない。すぐに買ってきた野菜やお肉やお魚をまな板に乗せて夕ごはんの準備をしなくちゃ!
 ちなみに今日の夕飯は、冷や麦の予定。まずだしを取って、みりんとしょうゆと砂糖とそのだしでつゆを作り、冷蔵庫にいれた。冷や麦には蒸し鶏とオクラを添えよう。それにタマネギと豚肉の餃子を焼こう、自家製みそ風味の餃子。真っ昼間に、夕飯のために餃子を包んだ。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 
 トーキョーにいた頃には考えられなかった。
 8時に!? 夕ごはんが8時!!

 夜8時に夕ごはんを食べられる、っていうのは、健康なんだよね。
 それなのに、早起き早寝に感謝したいけど、まだそのリズムについて行けないわたし…
 
 えい!
 がんばれ、わたし!
 ぶるぶるっとアタマを振る。
 

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一足先に、帰って来ました

 8月8日から始まった、わが家の『お盆休み』
 思い返してみるとけっこう盛りだくさんなのですが、とりあえず、忘れないうちに総括を。

 8/8(土):朝寝坊してのんびり支度をし、名古屋の実家へと発進!
 うちからICまで5分(でも初めて通る道で、田んぼの中でうろうろ迷った)なので、ETC割引を活用して高速にのった。
 「今さらだけど、なんで高速が1,000円で通れるの?! 儲けがないのに、もし高速が壊れたらどうするの?」
 「1,000円超える分は国が負担」
 「税金で? けっきょくこっちに跳ね返ってくるわけ?」
 「そう」
 「ありがたいんだか、ありがたくないんだか…」
 「ねえ。」
 「…ありがたくないよね。最終的に」
 「…ん、ね…」
 もうすぐ選挙だな…なんて思いながら、答えのない会話。
 普通は8,000円以上かかる高速料金が『1,000円で!』名古屋に帰れたのは…やっぱり、ありがたいんだけどありがたくないのかも。
 
 8/9(日):名古屋の実家が新築したので、新居(!)に泊まった。どこもかしこも、ピカピカ! すごい! きれい! 広い!
 お風呂もピカピカで広い! まさに一番風呂に入ることになり、恐縮しながら、初めてお湯を張った湯船に体操座りで浸かる…
 話が前後するけど、この日は一日、母の手伝い。目隠しと日除けのために、よしずを張り巡らせた。1間×6尺とか8尺のでっかい長いのを、7枚だか8枚だか、外周フェンスにくくり付けた。けっこう重労働…ふぃ〜。
 夜、弟達に「なにかおもしろいモノ、ある?」と訊いたら、出て来たでてきた!
 『ハガレン』にはまる…23巻まで、2日で読めるか?!

 8/10(月):お墓参りして、岐阜のtetsuさんの実家へ。
 どうも整理しきれない気持ち。お墓とか。遺影とか。
 そうそう、母に『新築のお祝い、何がいい?』と訊ねたら、『仏壇の前の机をちゃんとしたのにしたい』と言われた。
 経机、と言うものだそうだ。
 うちの仏壇の前にあったのは、なんだか黒い木目調プラスチックのヤツだった。わたしの記憶では、高校3年生の…15年くらい前に…仏壇屋さんが置いていった折りたたみ式のもので…安っぽいと気にされながらも、結局ずっとそのまま使われていたものだった。
 知人が勤める仏具屋に行って、宗派に合う、恥ずかしくない経机を、買って置いた。
 「うんうん、これで、ちゃんと立派」
 母がうなずいた。
 その横にあるのが父の遺影じゃなかったらもっと良かったのに…と、心の中で。声に出してはいけない言葉を唇に噛んだ。だって、言えない。言っても仕方ない。

 8/11(火):『ゴーヤチャンプルー』を作った。
 嫁入り先の実家で料理をする、ということは、勇気が要ることだと思った。
 夫は何も言わず、わたしが毎日作る料理をフツーに平らげてくれている。反応が欲しいな…と心配になって問うたら、何も言わないのは「フツーにおいしい」んだって。
 義母は『苦いのは嫌い』で、『肉も嫌い』なの。なのに、わたしに、『ゴーヤチャンプルーを作って』と言って、毎日世話している畑でとってきたゴーヤを手渡した。
 「パパが苦瓜もお肉も好きだから、作ってやらなかん! ゴーヤチャンプルーの作り方、教えて!」
だって。
 お義父さんへの愛だねぇ、うふふ…と笑いしながら、フライパンにごま油をしいて、いつも通りに作った。義母は、メモを取っていた。
 嫁入り先で料理するのは、やっぱり勇気が要る。
 義父はやっぱり夫のtetsuさんの父で、親子揃って、だまーって黙々と食べてた…
 わたしが作ったゴーヤチャンプルーの大きなお皿は空っぽになったけど、口に合ったのかなぁ…?

 8/12(水):静岡でSLに乗った!
 圧倒された。
 (顔を拭いたら、真っ黒だった(^^;)
 ペンションに泊まって、温泉にゆっくりつかった。
 電車の旅もなかなかいいな。いっぱいおもしろいことがあったから、詳細はまた…

 8/13(木):夫と分かれて、わたしひとりだけ、松田から電車で群馬に戻った。
 まず小田急線で新宿へ。それからはJRの鈍行を乗り継いで、ようやく住まいの最寄り駅までたどり着いた。
 わたしは、あまり電車に乗ったことがなかったので…時刻表と路線図を見比べながら、間違えずに最短ルートで乗って帰れて、ほっとした。
 最寄り駅からはアシがないから、タクシーで帰るしかなかった。駅前の詰め所でテレビに夢中になっていた観ていた運転手さんを引きずり出して、乗せてもらった。

 運賃はタクシーも合わせて3,500円くらいですんだけど、時間は5時間近くかかった。群馬って、遠いー!
 でも、東京までなら2時間くらいでいけることも、分かった。群馬から電車でどこかに行ったことって、今までなかったけど…。うん、いける!
 手作りのインスピレーションの源、ユザワヤは大宮にある(たぶん1時間半くらいで行ける)。
 ビーズ問屋やシモジマのある浅草橋までも、2時間半くらいで行ける。
 よし!

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 知人が出るレースを応援したあと、tetsuさんも明日の夜、帰って来ることになっている。ちょっぴりさみしい…あははsweat01
 
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 帰ってからも、事件が3つもあった!!
 まだまだ予測不可能なグンマライフ。

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『悲鳴』!

 最初の悲鳴は、昼間だった。
 その悲鳴は夢のようだった。その時、わたしは引きずり込まれるように眠かったのだ。
 社宅の団地のどこかで子どもが叱られて泣いているのだろうと思い、ずるずると眠ってしまった。

 次の悲鳴は、夜。9時頃だった。
 「痛いー!! 脚が痛いーーー!!」
 今度ははっきりと聞こえた。
 女のひとの声だと分かって、声が聞こえて来たベランダに駆け寄り、網戸を開けた。
 向かい側の団地の階段で、その女のひとを抱きかかえて車に乗せようとする男のひとの姿が目に入った。
 「脚が痛いー!!」
 女のひとは叫んでいるけれど、歩いていた。

 どきどきして、息を詰めて、飲み込んで、思い出した。
 向かいの建物に、『パニック障害』の奥さんがいるって。前にも何度か救急車が来たって。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 夫のtetsuさんが帰って来た時に、そのことを話した。
 y:「すごい叫び声で、びっくりしたよ。ダンナさんが連れて行ったから、病院に行ったのかな…」
 t:「そうかもね。社宅にパニック障害の人がいるって、聞いたことあるよ」
 y:「そう…」
 
 3回目は、深夜。
 12時過ぎに、それこそ夜を切り裂くような悲鳴が響き渡った。
 「助けてー!! 殺される、殺される! きゃーー!!」
 びっくりして、夫のtetsuさんとわたしは窓に走った。
 向いの3階から聞こえる。
 「殺される、殺される!」
 悲鳴は続いた。
 tetsuさんは電話を持っていた。
 110番通報するつもりで。
 でも、分からなかった。
 事件なのか、発作なのか。
 とにかく、パニック障害の奥さんがいるらしいって聞いてたから、様子を見ていた。
 すぐに同じ建物の部屋にパ、パッと電気が点いて、男の人がふたり、3人と飛び出して来て、3階のそのドアを叩いた。
 「大丈夫ですか?!」
 声は離れた建物のわたしにも聞こえた。
 ドアを叩いたひとは、携帯で電話をした。その声も、夜の闇から聞こえて来た。警察と救急車を呼んでいるようだった。
 わたしはもう涙が出ていた。
 夫のtetsuさんがGパンを履いて様子を聞きに行って、戻って来た。
 「ダンナさんが冷静に押さえてるって。警察と消防も呼んだそうだから、大丈夫だよ」
 わたしは泣いていた。
 悲鳴は絶え間なく聞こえてくる。
 事件性はないけれど、『殺される』『キャー』という悲鳴が、ずっと続いている。
 泣けて来た。
 恐かった。
 tetsuさんにすがって泣いた。
 
 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 その前に眠剤をのんで眠る準備をしていたので、騒ぎがいったん収束したころ、わたしはふとんに潜って眠ってしまった。
 けど、いったん警察も引き揚げて収束したと思われたその後…その奥さんは、再び叫び出して、向かいのお宅の呼び鈴を叩き続けて、
 「殺されるー! 助けてー!!」
と悲鳴をあげたそうだった。
 再びパトカーが来て、事態が収まったのは深夜2時過ぎだったらしい…

 何が怖かったかって言うと…
 その、『パニック障害』のそのひとが「殺される!」と悲鳴を上げ続けたことが、怖くて泣けて来た。悲鳴を聞いただけで、とても怖かった。

 もしダンナさんが、社宅や近隣に響くその悲鳴を、ふさぎたいとしたら、わたしは非難できないと思う。
 でも、そのダンナさんは奥さんの口を塞がなかった。
 それでも悲鳴を上げ続ける奥さんを、冷静に押さえていた…と聞いた。

 わたしたちにできることは、無いかもしれない。
 とにかく、祈った。
 

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何度でも『はじめの一歩』

 GOサイン。
 一ヵ月ぶりのかかりつけ心療内科での診察で。
 「いいと思いますよ。ストレスは当然あるのでしょうが、10ヵ月館やり遂げた!という達成感や自信、人付き合いなど、あなたにとってプラスになることも多いのでしょう」
 わたしが親友の紹介で10ヵ月のフラワーショー事務局の仕事にチャレンジしようかと思うのですが、と相談したら、そう先生はうなづいた。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 5月の終わりから、ウォーキングがてらポスティングのアルバイトを始めたことを話した。
 医師:「どのくらい?」
 yufu:「週に4〜5時間くらいです。週に2〜4日、一回あたり1〜2時間くらいです。リハビリのつもりで、運動不足解消にアルバイト代ももらえるなら、いいなーと…」
 話しながら、先生が驚いた顔をしているので、なんで?と思った。
 医:「それは、誰かに言われて? それとも自分で考えて?」
 y:「自分で、ポストに入っていたポスティングスタッフ募集のチラシを見て応募しました。指定された600軒に、週に2回チラシが入るようにと指定されています。ノルマとか『やらなくちゃ』という負担になる気持ちはありません。音楽を聴きながら、楽しんで歩いて配っています」
 医:「ほう、ほう…すごいね。それはいい。見事だ。自分で、自分でねぇ…」
 カルテに書き込みをしながら、先生はつぶやいた。
 何が見事なのかな?
 鬱病から職場復帰へのリハビリとして、『運動+軽い仕事』っていう組み合わせが良かったのかな?
 わたしが鬱病からの回復に向かう、治って行く過程で、自分の自然な動きとして良いことだったのかな。
 先生は初診から全部のカルテを見直した。
 フラワーショーの事務局の仕事は、きっと容易くはないと思う、ということも話した。準備期間は電車での通勤、週5ー6日のフルタイム。会期近くなったらきっと押せ押せでバタバタだろうし、連日徹夜もあり得ると思う、ということも。
 医:「いいでしょう。その、新しい事務局の仕事をあなたがやりたいと思うなら、やっていいとわたしは思いますよ」
 事実上の『回復宣言』だと、わたしは思った。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 明後日、そのフラワーショーの事務局の仕事の詳細を聞きに、事務所まで行くことになっている。
 履歴書を持参するように言われているから、面接であると受け取っている。

 以前、仕事でできなかったこと、至らなくて周囲に迷惑をかけて後悔したことが、たくさん心に滞っている。
 でも、幸い何度でもやり直せる!
 やってみよう。
 頑張ってみよう。
 
 この件を紹介してくれた親友は、いつか、こうメールで書いていた。
 『yufuちゃん、仕事は、自分のためにするんだよ』
 今まで会社と仕事に振り回されていた感の強いわたし。
 ちょっとずつでも変わって行きたい!
 

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まずはリハビリ

 比較的調子のいい状態の日が3ヵ月ほど続いたので、主治医から
 「自分でこれからのことを考えていっていいですよ」
とお墨付き(?)がでた。
 つまり、これからの仕事と子どもを産んで育てるということだ。
 子どもはすぐにというわけにはいかないけれど(何しろ授かり物だからね)、仕事は何かできる。
 やりたいのは、CADを購入してスペックの高いパソコンを使って、自宅で家事や育児をしながら『おうちでお仕事』。
 でも、これはすぐには手を出せない。
 何しろ、CADのソフトとパソコンに、100万円以上の投資が必要なのだ…。
 『SOHO』って簡単に考えるけど、事業を興すには元手がいる。
 貯金はあるけど、まだ完治したわけじゃ無し。いきなりは止めとこ…

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 そんなことで、まずは『家から出てみること』にチャレンジ。
 別に、完全に引きこもっているわけじゃない。買い物にも行くし、図書館や病院にも行く。
 けど、知らない人と何かについて話し合うほどコミュニケーションはしていない。
 わたしがしたい『おうちでお仕事』は、話もしなくちゃいけないし、営業だってしなければならない。
 いきなりは、止めとこ。

 まずはリハビリその1。
 『市営体育館の教室』
 週に1回、3ヵ月間のエアロビ教室に通うことにしたの。
 第1回目があって、初めて来たらしい30代の女のひとと挨拶して、自己紹介した。
 よし。まずは、1回目、行けたゾ。

 リハビリその2。
 『地元のチラシ投函アルバイト』
 週に何回かチラシを入れて回る。1枚5円の出来高制。散歩がてら、自宅周辺を回るのだ。
 運動したい、シェイプアップもしたい、よし、自転車に乗ろう! …と思ったら、いきなりストップがかかった。GWに義母に連れて行かれた整体治療院で『あんたの腰には、競輪みたいな自転車はダメ。歩け!』といわれてしまったの…とほほsweat02
 しかし、ただ歩くだけではもったいない、と思って、ポストに入っていた『ポスティングスタッフ募集』というチラシに応募したのだ。おとーさんが聞いたら、怒るかな…泣くかな…呆れるかな…。あれほど、結婚する時にわたしが公務員を辞めることに反対してたからな…。まあ5年だか6年だかの間に、いろいろ事情が変わったの。お父さん、見守ってて。
 でも、布石を打っているつもりなの。
 入れるチラシは『不動産会社』のもの。この会社のCAD図面を描く仕事をしたことがある…『おうちでお仕事』を始めたら、コネで仕事を! …甘いかなsweat01 いや、何事もやってみるんだ!

 今日、その不動産会社に請負契約に行って来た。
 帰って来てから、渡された地図をよく見て、どうやって回って歩いたらムダ無くチラシ投函できるかな…って、矢印を引きながら作戦を練った。
 よし、よし。
 あとは歩いてみて、考えよっと。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 さ、地図ができたところで、夕ごはんの準備〜。
 今日は何にしようかな(^^)
 
 

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竹内まりや

 週末用事があって岐阜のtetsuさんの実家に帰省していました。土曜日の夕方について泊めてもらって、日曜日には義兄夫婦と小学2年生の姪っ子も来ました。
 帰りに自分の実家によって、母や弟と話して、夜7時半頃、車で東京へと走り始めました。

 岐阜から名古屋の自分の実家に行くとき、車に乗って、ものの数分で気分が悪くなった。運転の上手なtetsuさんの車の助手席で、吐くほど気持ちが悪くなるなんてめったにないのに。
 実家のお手洗いでこっそり胃の中のものを全部戻して、堀りたてのタケノコをもらって出発した。

 東京への帰り道、竹内まりやの3枚組のベストアルバムをずっとかけていた。
 歌詞を聞きながら、涙が出て来た。

 たぶん、この2日間で、いろんなことを感じていたんだと思う…

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 岐阜の義父母はもう60代後半。跡継ぎにと育てて来た長男夫婦は、新婚のころ住んでいた社宅から近いところにマンションを買って引っ越してしまった。
 「今日は絶対にお参りさせなかん! お彼岸にも来んかったで」
 「そうなの?」
 「そうや。お正月以来やわ。お彼岸ぐらい、来なかん! 遠いところに住んでるわけやないのに」
 義母はぷりぷりして口を尖らせてわたしに言う。話は姪っ子の教育のこと、義父の失敗(といっても本当に大したものじゃないんだけど)に及んだ。もちろん、義父はすぐそこに座っている。わたしは困ってしまった。さて、なんと言ったらいいものか…と。
 義母にはさまざまな思いがあるんだろう。遠くに住む次男の嫁であるわたしは今のところ、ただ聞くだけ。他にどうしたらいいか分からない。

 実家の母は、前に会ったときよりずっと、おばあちゃんに似てきていた。わたしより何年か早くうつ病になった弟は、躁転したとかで陽気だったけれど、
 「お母さんが帰って来る前に呑んでたこと、ナイショね」
と言った。
 ずきん、と来た。
 「お酒は、薬と相性良くないよ。君の体の方が心配だよ」
と返事した。
 「知ってるよ…」
弟は笑った。
 「知ってるし、分かってるから大丈夫」
 大丈夫? 何が?
 玄関先での小さな会話。tetsuさんはもう車にタケノコを積んで、エンジンをかけ始めた。
 「治そ。頑張ろ。わたしも、頑張る」
 「おう」
 左手の親指を立てて、ぐっと強く笑顔をして、出てきた。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 夜の高速道路。
 助手席で竹内まりやの曲を聞きながら、早く自分の薬を減らして、無くして、コウノトリに来てもらえる準備をしたい、と思った。
 でも、
 『わたしに似て欲しくない』
と考えた。
 『子どもを授かったら、tetsuさんに丸ごと似て欲しい。わたしには似て欲しくない』
 そのあと、はっとして、涙が出て来た。
 自分に似て欲しくない、なんて...わたしは何を考えているんだろう?
 わたしは自分が好きじゃないんだ。
 嫌いとまではいかないけど、好きじゃないんだ。子どもができたら自分に似て欲しくないなんて、それって、なんて悲しいことなんだろう?
 
 ふと気づくと、わたしの頭の中に浮かんでいるのは、過去のつらかった時の場面ばかり。拒否されたり非難されたときや、自分が誰かに対して申し訳なくリカバリーできないままに終わってしまった出来事のこと…
 ふと気づくと。わたしの心の中で、過去のつらい記憶が、相手の表情や声までくっきりと繰り返されている。

 そんなことじゃなくて、前を見ていきたい。
 過去の苦しさ悲しさじゃなくて、これからの未来を描いて生きたい。

 何度も涙を拭いた。
 tetsuさんは、まだわたしが気分が悪いあまりに涙が出て来るんだろうと思ったのだろう。ずっとひとりで運転した。
 「もう調子も良くなったから、運転代わるよ」
と言っても、
 「大丈夫、明日午前中休みとってあるから」
と、代わってくれなかった。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 元気になりたい!
 わたしのことを好きになりたい!
 過去の悔恨じゃなくて、未来の希望をいつも意識に描いて暮らせる自分になりたい!

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今日も多摩サイ

 走ってきました(^^)
 今日も、多摩サイクリングロードbicycle 往復1時間shine
 明日からお天気が悪いそうだから、雨降り前の一走り。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 
 家に帰って来てから、冬物のコートをしまいました。
 この冬はずっと家にいたので、コート類は結局1回も着なかった。電車にも半年くらい1度も乗っていないほど、こもっていた。
 ちょっと買い物に出かけるなんて時には、いつも気楽な茶色のジップアップロングニットかmont-bellのウインドブレーカーで済んでしまう。パンプスやブーツをはくようなお出かけにはやっぱりコートが必要だけれど、Gパンにスニーカーでは毛皮の襟がついたロングコートは不似合い。
 この頃、『あまり来ていない服は思い切って手放そう!』と心がけているのだけれど、さすがにひと冬着なかったからってこれは手放すわけにはいかないなぁ…と思いながら、畳んで防虫剤を入れた。
 黒の毛皮の襟がついたロングコート、グレーの毛織りのすらっとしたコート、ダッフルコート…今度の冬は、お出かけしたい。
 東京に来てもうすぐ丸4年、仕事に追われたのち体調を崩してしまい、まだ全然東京も神奈川や埼玉も、楽しんでいない。行ってみたい場所がいくつもあるの。

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ひさびさの多摩サイ

 多摩サイクリングロードに走りに行って来ました。
 ものすごく久しぶり! ひとりで平日に走りに行ったのって、1年半ぶり…いや、もっとかな。
 ようやく、ひとりで『走りに行こう』と思いつくくらい、心のエネルギーがたまったようです。

 自転車部のユニフォームとレーサーパンツに着替え、ロードレーサー『GIANT OCR3』に車輪をつけ、空気を入れました。タイヤ、ぺこぺこだった…(^^; ずっとしまいっ放しだったもんね。
 よしっ、と玄関の鍵をかけて外に出たところで、
 「ヘルメット忘れた…」
 いきなり出足をくじかれ、取りに戻る。
 今度は大丈夫!
 いざ、出発!
 …とまたがったところで、今度は
 「ペダルが回らないっ?!」
 おやおや…チェーンが外れてるよ(^^;
 指先を黒くしながらチェーンをギアに引っかけ、今度こそホントに出発! です。
 時刻は10時20分。
 晴れて明るい、いいお天気。

 多摩サイクリングロードまでは競馬場の横を走って17分ほど。JR南武線の是政駅のすぐ南にある、是政橋という大きな橋から調布方面に向かってGO!

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 河川敷にはところどころ菜の花が咲いていたり、遠足に来ている幼稚園児の集団がいたり。
 紺の制服に黒いブーツを履いた地元の消防署の男の人たちが、きびきびした号令とともにランニングしていたり。
 休みの日は人が多くて身内には『走りにくい』『危険』と不評の多摩サイですが、平日はそうでもない。
 わたしは時速25km/hくらいの、ロードレーサーとしては遅めのスピードで、メーターが30分になるまで走り、ちょっと休憩してから折り返しました。ちょうど、京王線が多摩川を渡って行く鉄橋を越えて少し行ったあたりです。

 暑くも寒くもなく、サイクリングにはちょうどいい。
 堤防のサクラの木はすっかり黄緑色の葉を茂らせていました。
 春というほど春らしくもないけど、初夏というにはまだ早い…そんな感じ。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 帰り道は少し空が曇って来て、向かい風も強くなり、ペダルを引き上げ踏み込むのに力が要りました。なまってぷよぷよになってしまった太ももにキク〜…
 おまけに前はなかった減速帯の凹凸が作られていて、ロードレーサーで走ると膝にガタガタと衝撃が。
 うぅっ、ハンドルを握る手も、腰にもキツいっ。

 ちょっと疲れも出て来て、時おり時速は22km/hにまで低下することも。
 とてもロードレーサーのスピードとは思えない遅さ…
 風も強いし。ひぃひぃー(>_<)

 あ、ポプラの木が見えた!
 
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 あのポプラの木の向こうが是政橋。
 あと15分も走ればおうちに着くぞ!
 がんばれー、わたし!

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 11時32分、無事到着!
 走行距離はメーターで22.54km、1:02:13でした。
 ふぅっ、気持ちよく疲れた!
 長い冬ごもり(?)からやっと外に出る気持ちになれたんだものね。この調子で行こう(^^)

 ちょっと気になったことは…
 前はなかった場所に、たくさんブルーシートの小屋ができてた。やっぱりこの不況の影響なのかな…

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調子いい♪

 3月から、体調も心の調子もいい感じ♪

 今日、2週間ごとだった心療内科への通院が、初めて「次は1ヵ月後」になりました。
 嬉しい!
 まぁ、2週間後も3週間後もGWでお休みっていうせいでもあるんだろうけど…でも。
 「いい調子が続いているみたいですから、1ヵ月後にしてみましょう。寝る前の薬は、あなたの裁量でのんでものまなくてもいいですよ」
 薬離れへの第一歩かな(^^)
 「あと、仕事や出産や、これからの生活のことをいろいろ考えてみてもいいですね」
って、先生が言って下さった!

 うふふ…嬉しい!
 前に、『物事の決断は、悪い時に考えてはいけません。いい時にならないと』って言われたことがあった。
 今、その、『いい時』?
 前向き生活にお墨付き…かな(^^)

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

 今日は、洗いざらしで少し固い木綿のシャツに明るいライムグリーンのカーディガンを羽織って、心療内科まで歩いて行った。
 帰りに本屋さんで料理や暮らしのことを書いてある雑誌を買って、郵便局に脚を伸ばして、この間新しく作ったクレジットカードを受け取って来た。

 09210415sinryoku

 ケヤキ並木が、明るく萌えている。
 歩いているひとも多かった。自転車のひとも多かった。
 スーツ姿の男の人、ぱりっとしたOLさん。学生。子どもを自転車の後ろにのせた若いお母さん。きちんとお化粧をしたおばあさま。
 新緑の中、往来に混じって、背筋を伸ばして歩くのが、とても気分よかった。

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うっ…イタイ(T_T)

 ちょっと遅れちゃったけど、オータムポエムの種を蒔きたいな。
 種を蒔いて、小さい時は間引き菜、大きくなったら花の付いた辺りを摘んで食べるんだ。
 コンテナは、今まで激安スーパーで買った根っこ付きのネギとか実家からもらって来た根っこ付きのネギを一時保存して植えていた、10号のテラコッタの鉢を使いたい。
 そんなことを考えながら、暖かい日差しを背に受け、うきうきとその10号鉢に残っていたネギの根っこやらなにやらをさらっていた。

 さて、土のリサイクル剤を混ぜよう。

 立ち上がって、硬直!

 びしっ!

 うっ…coldsweats02
 腰が、腰がっっ!!

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 いたい!

 これはマズい痛みだ、うっ…weep

 とりあえず、壁を伝って部屋に戻って、ストックしてあったしっぷを2枚、ウエストの一番細いところのすこし下にべったりべったりと貼って、ごろりと転がる…うぅっ!

 いたいぃぃっ...!

 腰が痛いだけではなく、右足がしびれる。
 前に手術したあと、その影響でヘルニアができた。手術した箇所は問題ないはずだ、この痛みとしびれは、ヘルニアのせいかな?

 う〜〜〜。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 この間、実家に帰って母の畑の草取りの手伝いをして以来、ずっと腰が痛かった。
 もちろん、その後は姿勢や重いものを持たないように気をつけていたんだけど…
 まさか、ほんの数分しゃがんでネギの根っこをさらっていたせいでとどめをさしてしまったなんて!

 あ、いたー!

 ともかく、しっぷを貼って、できるだけいい姿勢をして、こうしてイスに座ってパソコンを叩いている次第。
 たいてい1〜2週間で治るはずなんだけど…
 あした、地元の整形外科に行こうcrying

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キッチンガーデン

 心の波が底の方をうだうだしている時には本当に何もする気になれないんだけれど、ここ2ヵ月くらいはいい感じ。
 初夏から夏向けのベランダをどうしようかな〜、なんて考える余裕ができた。

 よし、今年はキッチンガーデンにしよう♪

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 買って来たのは、青じそ、パセリ、イタリアンパセリの苗。しそやハーブは、わざわざスーパーで買うほど必要ではないけれど、少しあると食卓が素敵になる。
 彩りには、ナスタチウムの黄色とオレンジ、それにゴールデンタイム。
 あと、斑入りのラベンダー(これは食べられないんだけどねsweat01)。

 青じそ1株とナスタチウムの黄色、パセリ、それにゴールデンタイムを幅35cmくらいのコンテナに植えた。

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     ↓
 
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 もう1つのコンテナにも、青じそとイタリアンパセリ、そして斑入りのラベンダーを植えた。

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     ↓

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 この間、吉祥寺で買って来たアイスプラントは、1株だけ7号鉢に植えた。

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 目新しいだけでなく、何もかけなくても塩味がするという吸塩植物のアイスプラント。
 まだちっちゃいから、葉っぱをちぎって食べたことはない。
 どんな野菜なのか、楽しみdelicious

 オレンジのナスタチウムは、一つだけ鉢に植えて吊り下げた。

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 もともと伸びて垂れ下がる性質なので、釣り鉢に向いていると思うの。たくさん花が咲いてくれたらきれいだろうな!

 タネも買ったんだった。二十日大根、つまり赤色のラディッシュのタネ。こいつを苗の隙間に蒔こう。
 オータムポエムのタネは、ネギを入れて土をかぶせてあるコンテナが空いたら、蒔こう。冬のネギはもうそろそろ終わり。温かくなったのに土に入れておいたら、ネギ坊主がでちゃう…その前に食べちゃおう。
 

 野菜やハーブ以外では、ロベリアを1株だけ、植えることにした。
 花を咲かせるのがナスタチウムの黄色とオレンジだから、それに合うように、ブルーのロベリアを…

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 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 そうそう。
 乳製品のメーカーで有名なQBBのキャンペーンで、マークを3枚集めて木を寄付しよう、っていうのに応募したら、植樹寄付の証明書が届いた。

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 おや?
 タネが付いてる…

 『ベビーリーフ ピノグリーン』

 あら!

 嬉しい!
 これも、今食べてるミックスレタスのコンテナが空いたら、蒔こうっと!

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4年後の父

 今朝の夢は、また、すごかった。
 たいてい夢なんて『目が覚めて少し経ったら忘れちゃった』ってもんだろうけど、違うのだ。

 まず、鬱病になってから、すごく頻繁に夢を見るようになった。
 (鬱病じゃなかった頃は、夢を見た夜よりも見ない夜の方がたぶん多かった)
 この頃は、夢を見るだけじゃなくて、くっきりはっきり覚えている。しかも、ありえないハチャメチャな夢。それが目覚めてからもちゃんと記憶に残っている。
 とてもドラマティックな夢。ストーリーがあって、セリフも登場人物も数多く、まるで映画か2時間ドラマを観ているよう。
 自分ではとうてい思いつかないようなストーリーの夢を見ることもあるので、起きてから、あらすじをメモしておこう…と思う時もある。
 でも朝ごはんの支度をしている間に
 『考えてみると、ものすごく変な夢だったなぁ…?』
と、そのあまりの支離滅裂さに首を傾げてしまい、万が一夫のtetsuさんがそのメモを読んだらわたしの人間性と品性を疑われてしまうかもしれない、と心配にもなって、メモしない。
 そして、結局忘れちゃうのだ…。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 でも、今日の夢はちょっと、気になるのでメモしておこう。

 わたしがどこにいたのかは、覚えていない。
 けど、そこに父が現れた。
 『あぁ、yufu』
と、わたしの名前を呼んでにっこりした。
 最後に会った時の父は、白髪も混じったいつもの七三分けだったけれど、夢に出て来た父はその時よりももっと白い髪が多くて、短く刈り込んでいて、なかなかダンディーだった。
 話しかけて来たので、何か受け答えをしたように思う。
 『元気なら良かった』
 そう言って、父は姿を消した。

 その後すぐに、母が今の姿で現れた。
 『あんた、大丈夫だったの!』
と、母は言った。
 『何が?』
と訊ねると、
 『ミサイルが落ちたでしょ』
という答えが返って来て、不思議に思った…

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 この夢の父は、あり得ない父だ。
 父は亡くなっている。もうすぐ4年になる。あのまま年を取っていたら、63歳かな? 白髪が似合う歳だ。
 母は元気だ。
 ミサイルは、このごろ『北朝鮮の衛星打ち上げ』について、日本が『衛星でなくミサイルだった場合のため』の迎撃用ミサイルを配備した、というニュースをテレビか新聞で見たような気がする。
 まぁ、北朝鮮とミサイルのことも、首都東京に住む身としては気になるところではある。住まいは都心じゃないけど、夫のtetsuさんは都庁のすぐ近くに勤めているから、危険と言えば危険な区域。
 だけど。

 夢は潜在意識に積もったものだという。
 予知夢だったら困る。ミサイルなんか、落ちて来てもらいたくはない!
 幸いわたしは超能力者ではないから、きっと、なんとな〜く脳が覚えていたことが夢に出て来ただけだろう。
 だいたい、その夢で父が『元気なら良かった』と言ったんだから、わたしたちは大丈夫、なんだろう。たぶん。

 父の顔が夢に出て来て、懐かしいような、不思議なような。
 亡くなってしまったから歳を取らないはずなのに、わたしの夢の中ではちゃんと歳を取って現れた。
 たくさん夢を見ると、いったい眠ったんだか眠れなかったんだか分からないくらい、起きてからも疲れを感じることがある。
 でも、お父さんと会えるのなら、夢を見てもいいな。

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シェイプアップとAED

 ここのところ、調子がいい。
 1月はどん底で何もしたくなくて、起き上がっているよりもふとんの中でできるだけ小さく体を丸めている時間の方が長い…なんて引きこもり鬱状態だったんだけど、今はまったく『普通』。
 2月から3月の1ヵ月くらいは、朝ちゃんと起きて朝ごはんを作って食べて、夫のtetsuさんに手を振って送り出すことができているし、家事もだいたい滞りない。
 普通に『専業主婦』の役目をして、tetsuさんが帰って来る頃にはちゃんとできたての夕ごはんを出せるようになった。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 そうなると、少し何かやってみたい…。
 仕事はまだちょっとムリだけど、何か。

 すると、ちょうど新聞に入ってきた市の広報紙に、『おっ』と目をひかれる記事が2つ。

 『救急救命講習 場所:消防署 時間:9時半から正午まで 無料』

 『シェイプアップ教室 場所:体育館 時間:毎週木曜日午後1時半から3時まで、3ヵ月間 費用:体育館使用料1回100円』

 さっそくtetsuさんに相談して、申し込んだ。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 『救急救命講習』は、社会人になってから2回受けたことがある。不特定多数の、しかも老若男女が訪れる施設に勤めていたので、受けたのだ。
 『救急救命講習受講証』のカードも持っている。人工呼吸や心臓マッサージのやり方は一応覚えている。でも、このやり方は時とともに変わって行くものらしく、1回目に教えてもらった手順と2回目に教えてもらった手順は変わっていた。より早く、より効率的に人命救助をするための方法は、進化しているらしかった。
 おまけに最後に受けたのはもう5年か6年前で、その頃にはAEDは普及していなかったので、触ったことがない。ここ数年で公共施設はもちろん駅やスーパーにまで普通に設置されているAED。いざって時にはちゃんと機械自体が音声でガイドしてくれるそうだけど、触ったことがないと不安〜〜sweat02 もう施設管理にたずさわる立場ではないけれど、どんどんと公共の場に設置されているAED、触っておいて損はない。
 講習は、5月。
 まだ一度も講習を受けたことがないというtetsuさんも、一緒に受けるって言ってくれた。

 もうひとつの『シェイプアップ教室』は、市立体育館でストレッチやエアロビクスをするんだって。
 受講料は無料、参加ごとに体育館使用料のたった100円でいいなんてhappy01
 もともと、エアロビはけっこう好き。踊るのが好き。
 運動強度は5段階の4なので、けっこういい運動になりそう。
 応募者多数の場合は抽選ということなので、結果のハガキが届くまでドキドキheart02だし楽しみ。

 動いてみよう、何かやってみたい、という気持ちが出て来た。
 気持ちの波がいいところで続いているみたいhappy01
 不況の嵐だけど幸いうちはなんとか大丈夫。慌ててわたしが仕事を探さなくても、tetsuさんのお給料で不自由なくやって行けて、ありがたい。
 このチャンスに、チャレンジ開始!
 じわじわと『おうちでお仕事』に近づいて行きたいな〜!

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1日遅れのお祝い(?)

 昨日34歳になりました。

 今日になって、弟A君が『アラサー最後の歳を楽しんでくれ』なんて電話をよこした。

 思わず一瞬の沈黙。
 
 そうか、30代に近いのはこれで最後の歳なんだ。
 この次からは40歳に近づいて行くのか…?!

 『もう若くはない』
と強烈に感じた瞬間だった。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 もう若くはないのか?
 そりゃ相対的には
 「若くていいわねぇ」
なんて言われることもあるよ。おばさま方から。
 でも、実際は『歳』を感じることが時々ある。

 白髪が増えた。
 ものすごい勢いで(?)増殖中。
 髪を洗うと黒髪が大量に抜けたり切れたりするので、心配してそ〜っと洗う(でもカーペットに落ちているのを掃除すると、9割方が黒い。どうせ落ちるなら白いのが落ちて! と思う...)。

 ふと、演歌の心が分かる…ような気がする...
 J-POPはとにかく『前向きに行こうぜ!』って、勢いと何の裏付けもない励ましを口にできる勇気に満ちている。
 だけど、演歌は違う。『いろいろ前向きに頑張ってきたよね』 でも、それでもどうにもできない現実を受け入れた上で、救いと励みを見いだしそうとしている、という感じがする。(違う?)

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 もぅ〜!
 なんか、やだなぁ!
 

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34歳

 今日、34歳になりました。

 朝、目が覚めたとき、おふとんの中で夫のtetsuさんが
 「今日は34歳の誕生日だね。おめでとう」
と最初に言ってくれたのが、嬉しかった。
 わたしが産まれたのは確か、34年前の今日の朝8時頃だったと母に聞いた、と記憶している。
 この世に生を受けたこの日、この朝、その時間を過ぎて目が覚めた最初に、大好きなtetsuさんが
 「おめでとう」
と言ってくれた。
 「ありがとう」
 tetsuさんのおかげでこの一年を過ごして今日を迎えることができた、と思う。
 こんなややこしいわたしと、いつも変わらずにいてくれるtetsuさん。
 このひとと一緒にいることができて、本当に…。
 ありがとう。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 今、生きることができている、ということは、本当にありがたいことだと思う。
 奇跡だとさえ思う。

 34年間の人生は短くもないし長くもないけれど、ひょっとしたら死んでしまうかもしれなかったっていう場面は、いくつもあった。
 いじめに遭って自殺しようと思ったこともあったし、10年前ならノイローゼ、今なら鬱病で、何度『いなくなりたい』と思ったか...
 8時間に渡る手術を受けて後遺症もあり得る、なんて言われたこともあった。
 すわ交通事故か、なんてヒヤヒヤも何度もあった。

 でも、幸い今、何も不自由という不自由に悩むことはなく、暮らすことができている。
 しらがもだいぶ増えちゃったし、持病持ちで薬をのんで、仕事はまだできないけれど、それでも不満も不自由もない。
 ありがたい。

 34歳の誕生日を迎えられて、良かった。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 少し、望みを持とう。
 これからの1年で、薬を減らして、あかちゃんを授かることができたらいいな。
 わたしが目標にしている『おうちでお仕事』を始められたらいいな。
 そして、何よりもまず、tetsuさんと仲良く暮らしたいな。

 34歳。
 この一年が、いい年でありますように。

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友達になれるかな

 少し前に、すぐご近所で鬱病のひとがいると分かって、今までより親しく付き合うようになった、という話を書いた。

 あれから、時々助け合ってウツライフを過ごしている。
 ウツ友(?)の彼女は、同じ社宅で同じ階段を使う、超ご近所さん。
 昨日は近くの居酒屋に一緒に行く約束をしていたので、昼近くに、
 y:『今日はwatch7時にお店でね〜』
とメールしたら、
 ウツ友:『今のメールで起きた… あ〜もう11時や! 寝過ぎcoldsweats02 まだ何もやってへん』
と返ってきた。
 y:『いーんじゃない? こんなrainじゃ、頑張ってお洗濯したって乾かないよ〜。わたし、今日は朝用事があって出かけてきたから、眠いbearing お昼ごはん食べたらお昼寝しちゃうよ。のんびり行こうよ』
 ウツ友:『そーやなー。わたしものんびりしよ』
 y:『んじゃ、7時頃お店でね〜』
 いつも2時頃に聞こえてくる掃除機の音が聞こえて来なかったので、どうやら彼女もゆっくりしているみたい…と思いながら、午睡した。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 夕べは、酔わない程度にゆっくり升を傾けながら、趣味の話とかダンナ様との馴れ初めとか。
 仕事の話、子どもの話などこれからの話とか。
 まぁ、楽しくおしゃべりをした。
 「そんなにムリしなくてもいーんじゃな〜い?」
 「無理してるかなぁ」
 「ムリっていうか、気遣い過ぎっていうか」
なんて、認め合ったり、励ましあったり。

 共通なのは、結婚して知らない土地に来て、やっぱり友達が作りにくかったことだ。
 社宅の中でも、子どもがいるママさん達は『中庭デビュー』でわいわい楽しそうにやっているけれど、まだ子どもがいない奥さん達はたいてい共働きで、姿を見ない。どこにどんな奥さんが住んでいるのか分からない。わたしなんて、お隣さんすら顔が思い浮かばないくらい。
 そんな中、鬱病で会社を辞めて家にひとりきりになってしまった彼女。
 「早く先生のOKもらって、何か仕事したいわー」
と言っている。わたしは、将来的に在宅ワークを目指しているから家にいるのは苦にならないんだけど、彼女はどうやら違うらしい。
 「まぁ、焦らないでやろうよ。幸い社宅は家賃安いし、ダンナ様のお給料でやってけるじゃん。ありがたいよ」
 「そやなー。さすがに残業付かへんから減ったは減ったけど、一応賃金カットとか自宅待機とかにはなってへんから月給は安定してるしな。ありがたいと思わなあかへんなぁ」
 「うんうん」

 彼女との間の約束事は、
 『お互いの付き合いに気遣いしないこと、求めないこと』
 例えば、約束を、
 「調子悪いから今日はやっぱり、パス」
ってドタキャンしてもいいし、されてもいい、と考えること。
 だって、おんなじ境遇だもんね。

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現状と見通しとこれからの希望

 去年の夏から心療内科に通い始めて、再診18回目である。
 待合室のやり取りを聞いていると、『薬だけ』や『次は1ヶ月後』の患者さんもいるみたいだけど、わたしはまだ『2週間後』。経過観察中、の患者なのだと思う。
 
 そう、まだまだなんだなー。
 2月25日に『オファー』の電話を頂いたけど、自分の考えとしては、やっぱり『まだまだ』なんだと思う。
 8月から12月まで、自分に合う薬の種類や組み合わせをあれこれ試して、ようやく定まったところ。ほとんど自分で実験、な感じだった(^^;
 1月は、鬱の波が急降下し、底辺が続いて、ダメダメ…。活動するよりもふとんに潜っていた時間の方が長い。眠ってはいなくても、もぐり込んでくるまって、何もしたくなかった。
 2月から3月に入り、ただいま鬱の波は底辺を脱出して、ちょっといい感じ。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 今日時点では、行動力としては、80%くらい。
 家事はほぼこなせる。朝起きて、朝食を夫のtetsuさんと一緒に頂いて、お皿を洗う。洗濯して床をあげて、お買い物に行ったり掃除もしたり。夕ごはんも作れて、その日のうちにお皿もお鍋も洗って、翌朝はすっきりきれいなキッチンで、また朝ごはんの支度を始めることができている。
 ちゃんとおひなさまも出せた。
 要らない服や本の整理をしてリサイクル屋さんに持って行ったりもした(二束三文で買いたたかれたけど、0円よりマシ?)。
 これに、あと、『手仕事』をする気になれれば、わたしとしては普通の生活のスタート地点、という感じだ。今は趣味のモノ作りをすることは、まだできていない。編み物とか縫い物とか他のいろいろの手仕事に興味がわいて始めることができたら、わたしは『普通に生活ができるようになりました』と主治医に話せるようになる。

 一方、気持ちとしては、まだ50〜60%くらい…
 図書館で鬱病を分かりやすく書いた本を借りて、少し勉強を始めた。そもそも、『鬱病』って何だろう? わたしはどうして鬱病になったの? うまくお付き合いしたり、克服したりして行くには、どうしたらいいんだろう? そんなことを、知りたくなった。
 その本の中で、『嬉しい、たのしい、幸せ、と感じられない』という文章を読んだ時に、あぁ、と思った。わたし、家事はこなせるようになったけど、この2週間、日常で『嬉しい、たのしい、幸せ』って感じたこと、あったっけ? 

 ……ない。

 3月2日、『あっ…と気づいたら。』の中で、

 >去年はベランダを構うどころじゃなくて、ほったらかしだったんだけど。
 >お洗濯物を干しに行った時に、ふと目をやったら、出てた!
 >嬉しくなって!
 >よっこらしょ、って。
 >キッチンからよく見える場所に、鉢を持ってきた。

って書いた。

 そこには、ひとつ、嘘が混じっている。

 びっくりした、という気持ちはあったよ。
 その鉢に去年何を植えていたか覚えていなかったから、ほったらかしだった鉢から球根の芽がたくさん出ていることに気づいた時、びっくりした。
 「わっ! 芽! 何? びっくりびっくり!」
 たぶん何か花が咲くだろうから、これからの楽しみにできたら…と鉢を移動させてきた。

 でも、そこに、感情として…
 『嬉しくなって!』 …っていう気持ちは、本当は、なかった。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 脳科学で『表情で笑顔になると快い感じになる体内物質が分泌される』ということは、証明されている。
 嬉しい、たのしい、と言葉にすることで『形から心になる』。
 だから、笑顔の力、言葉の力、を信じて、鏡の前で笑ってみたり『嬉しくなって!』と書いてみたりしているのだ。
 でもまだ、心からはわき上がってくる嬉しさやたのしさ、幸せな感じは、起こっていない。
 と、理系人間の部分のわたしは、分析しているのである。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 『オファー』の電話をくれたミヤザワさんに連絡をしなくっちゃ。
 「いまはまだ、責任を持って仕事をする段階にありません」
って。
 本当は、できるならすぐにでも仕事もしたい。
 でもまだ不安定なわたし、今は、まだできない。
 調子が悪いパソコン、ぶー、がしゃ。ぶ、ぶー、がっしゃ。
 『どうしたんだ?』
 『とりあえず、再起動してみようか』
 カタカタカタ…
 『あ、良さそう…かな?』
 そんな感じなのだ。
 いつ調子が悪くなるか、分からない。
 プライドだってある。責任もって仕事できる見通しがないなら、飛びついちゃダメだ。

 「わたしはそう思って、保留にするのがいいかと思います。先生はどうお考えになりますか?」
 主治医に問うた。
 「…その通りだと思いますよ。あなたの判断は正しい。ちゃんとそう判断するのだと感心して聞いていましたよ。今はまだ、保留にした方がよろしいかと、わたしも思います」
 また2週間分の薬の処方箋が出された。
 
 急がない、焦らない、無理しない。
 この頃、時々、『休むってこういうことなのかな』とか、『わたしにとって、家事を楽しむことって、これなのかな』って、糸口のようなものが見えたことがあった。
 そう、急がない、焦らない、無理しない。
 わたしは、わたし。 

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おひなさま、出せたよ。

 鬱病のせいなのか性格なのか、分かっていてもなかなか行動できなかった、この頃のわたし。
 近づく3月3日の前にお雛様を出すパワーがあるのか、自分でも自信がなかった。
 でも、2月のカレンダーを破る頃、出せました。

 わたしが生まれたのは3月14日で、初節句はもうちょっとで1歳、って時期。
 おばあちゃんが、お内裏様とお雛様を買ってくれたんだそうだ。
 右大臣も左大臣も、官女も五人囃子の笛太鼓もない。
 子どものころ友達の家に行ったら、7段飾りとかの豪華な雛壇があって驚いて、お内裏様とお雛様だけの自分のが寂しく思った時もあったけど…
 今は思う。
 わたしのお内裏様とお雛様は、5段飾り、7段飾りのものより、大きい。
 そして、何よりおばあちゃんの心がこもったものだって。
 あ〜!
 今年も出して飾れて祝えて、良かったー!

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 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 もうひとつ、忘れられないお雛様がある。
 いつだったか、父が出張先で買って来てくれた、土雛。

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 頬と頬をくっつけて、微笑む小さなお雛様。
 父が亡くなった年の、年の始まりにわたしたち夫婦にくれた年賀状には、
 『仲良くね』
とだけ、ボールペンで書かれていた。
 この土雛をくれたのは、まだわたしが10代の頃だった…かな。
 うん、仲良くしてるよ。この土雛のように、寄り添って一緒に、仲良く暮らしてるよ。
 もう、涙が出てしまうよ...

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 簡単だけど、ひなまつりのごちそうも作った。
 ちらし寿司と蛤のお吸い物。

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 ちゃんと、蛤には1対の貝殻の両方に実をのせたよ。
 いつまでも夫婦が仲良く幸せでいられますように、って、願いをこめて。

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タイムテーブル(いい時の、ね)

06:11 もやもや…まぶたを持ち上げたら、まだ、暗かった。
    夕べ『就寝前』の薬をのんだのは確か夜10時半頃だったっけ?
    おふとんに入ったのは0時頃。眠りに落ちたのはそのあと。
    正味、6時間弱で目が覚めちゃった…もう少し眠りたいなぁ…

06:55 最初の携帯アラームが鳴る。
    目覚まし時計1回じゃ絶対に起きられないので、2回設定してある。
    「6:55」と「7:00」 しかもスヌーズで5〜6回鳴る。
    でも、今日は最初の「6:55」でおふとんから這い出した。
    ・・・だって、眠れなかったんだもの...

07:00 洗濯機、始動!!
    バォンバォン…ブンブン!

07:20 朝ごはん準備完了、眠そうなtetsuさんが起きてくる。
    そりゃそうだ、夕べ、2時までお持ち帰りの仕事してたんだもん…

    今朝のメニューは、『ゴトウ・カエデ』ブランドの有精卵(¥60)
    の卵ごはん。
    オクラと揚げと豆腐と手前みそのみそ汁。
    太刀魚の干物を焼き、のらぼう菜の塩ゆでをちょこんと添え。
    デザート…というよりは健康維持のための最後の一品、つまり、
    ヨーグルトに蜂蜜と白桃のジャムをのせた。
    今日はrainで夫のtetsuさんは駅までバスに乗らないといけない!
    普段の自転車のよりバスの方が時間がかかるので、tetsuさんはかなり
    かっ込んで完食。
    「お皿、置いてっていいよ〜」
    と言ったら、
    「ごめんねー!」
    とウインドブレーカーを着て、オレンジ色のザックを背負った。
    あ、あ、!
    そのザック、あたしの!
    もう10日くらいtetsuさんの通勤ザックにされているけど!
    「それ、あたしの! いつ返してくれるの?」
    「さぁhappy02 行ってくるね!」
    玄関で、お約束の『いってらっしゃい、ぎゅっheart04
    tetsuさんは飛び出して行った。
    わたしは、新聞を左手に、右手を振って見送った。

08:10 さっ、お片づけ!
    お盆にのせて運ぶ。
    卵ごはんのお茶碗、太刀魚をのせた細長〜いお皿、ヨーグルトの小鉢。
    お箸と醤油さし、お味噌汁をよそったお玉も、ぜ〜んぶ『魔法の箱』へ。
      ※注 我が家では『食器洗い機』は『魔法の箱』と呼ばれますhappy01
    お鍋と木地に漆塗りのお椀は、大切にしたいので手洗い。

08:25 お風呂のお掃除。気になっていたところをごしごし…
    シャワーを使うのだけれど、シャワーをお湯モードに設定。
    冷たかったシャワーが温かくなる頃に、お風呂掃除終了wink
    温まったシャワーを洗面器に注いで、ちょうどいい湯加減でゆったりと洗顔…
    はぁ〜、気持ちいぃい〜!happy01
    温かいお湯で顔を洗って、細い毛の歯ブラシで歯みがき…
    とってもこざっぱりとして、気持ちいいのですconfident

09:00 お手洗いに入ったら、なんとなしに気になって密着gawk
    『頑固な汚れも落とす!』という、
    木べらの先に紙ヤスリのようなモノがついたお掃除ツールで、
    便器をがしがしとこすっては覗き込み、こすっては覗き込み…。
    が、輝くような白さにはならず…sweat01
    昭和40年代から使われてきた便器のコチコチのかたまりは、頑固ー!
    今はやりの重曹とかクエン酸を試してみようかしら???

09:20 掃除汚れスタイルから、ちょっぴり変身good
    一応身支度を整えて、パソコンでメールやSNS、HPをあれこれチェック。

09:50 さて、出かけましょうか。
    月曜日恒例、5km先のスーパーに買い出し。
    MTのレガシィに乗って、お肉やお魚、野菜が中心。
    でもインスタントもお菓子も保存食品もsweat01
    1週間分の買い出しをします。
    スーパーの次は生協ねnote

12:00 買ってきた品を使いやすいように仕分けしますnote
    ビールやチューハイは外の物置に。(冷蔵庫より冷えるかもsweat01
    肉や魚は、小分けにして冷凍庫に。
    モノによっては冷凍する前に塩コショウで味付け。
    ひき肉やコマはだいたい100gでラップして冷凍。
    サバや味やサンマの干物は1枚ずつラップして冷凍します。
    ラップしたものは、前の日に冷蔵庫に移動して解凍することが多いかな。
    だって、メニューを考えてますもん! 常に…

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

12:00〜

 ・・・。
  
 あはは。

 詮索無用confident

 午前中にやることやってますからね!
 夕方に夕ごはんの仕込みするくらいかな…

 だって、『煮物』は一度、ベランダに鍋ごと出してさますからねぇ…

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

 体調のいい日の午後は、自由時間です!

 何をしようかな!


 …とりあえず今日は、
 『どのクレジットカードで公共料金を支払えばポイントがいいか!』
の、リサーチ…

 なんですけど…

 pc 座りっぱなしだもん。腰イタweep   

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期待? 不安?

 おんなにとって、体の具合の象徴になる月のものが、訪れない…
 これはとても重要なことです。
 重要なので、わたしはお手洗いに入るたびに神妙な心地になって、そして、扉を閉めて部屋に戻る時に複雑な心地になっています…

 今、このタイミングで赤ちゃんを授かるのは望ましくないのです。だって、心療内科の薬をのんでいるから、薬が影響しないか、まず心配。
 …いえ、もっと大切な理由は、鬱病なわたしにとって、
 『妊娠』=『マタニティーブルーに輪をかけて、ブルーどころか紺? 黒?』

 「おめでたい!」…なんて、とても思えない状態に陥る危険性さえ、あるのです。

 本当は、あと数ヶ月で『鉄・糖婚式』となる心の内では、早く薬をのまないでもいい状態に回復して、コウノトリを招きたいなぁ、と思っているのだけど…!

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 毎回の予定の日から、今日で1週間以上経ってしまった…。

 遅れることはあったけど、こんなに長引いたことはない。深刻な気持ちで、いつだったか薬局で買った妊娠判定キットを見つめた。説明書には『月経予定日から1週間で判定できます』と書いてある。
 一週間なら、とうに過ぎている。
 もしも、もしも『陽性だったら?』
 どうしよう!
 受精して二分割して4分割して、育っていく時期。
 薬をのんでるし、この間団地の奥様仲間で飲み会して深酒したsweat01 
 もしも、もしも…?

 キットの説明書通り、やってみた。
 『妊娠判定窓』には、何も出ない。
 明るいところに持って行って、見た。
 よーく見た。
 でも、その『印』は現れなかった。

 陰性...?

 ということは、妊娠は、していない…?

 でも、まだ毎月の印はない。
 もう1週間以上遅れているのに!

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 「やり方、間違えたのかしら?」
 「予定日の一週間後から判定可能、って書いてあったけど、まだ早かったかなぁ…」
 いろいろ考えながら、お買い物に出かけた。
 帰ってお手洗いに行ったら、薄く桃色にトイレットペーパーが染まった。
 「え?」
 しばらく右手に持ったトイレットペーパーを凝視してしまった。

 …赤ちゃんじゃ、なかったんだ…。

 浮かんだのは、そんなことだった。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 今、妊娠するのは自分にとって良くないって分かってたのにね。
 ひょっとしたら、と思うくらい月のものが遅れて、一週間。
 夕べ、夫のtetsuさんとお風呂に入っている時に、湯船でのんびりと、
 「だからね。もし、このタイミングでも赤ちゃんができたら、喜んでくれる?」
なんて訊ねたばかりだった。
 なのにね。

 薬。それは、胎児には良くない。
 赤ちゃん、授かったら、嬉しい…

 こうやってキーボードをたたきながら、おなかが重くて、痛い。
 期待もしてた。もしも? って危惧もしてた。

 差し引いたら、さみしい。 

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東から射す陽

 たぶん、ものすごく久しぶりじゃないだろうか。
 午前中9時頃の、太陽。
 さっきまで曇っていたけれど、今は温かく、ぱぁっとまっすぐ射すように晴れている。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
 
 『鬱の波』は大きく緩やかで、お正月に実家と夫のtetsuさんの実家に滞在していた気楽な期間をトップに…その後、一気にどん底まで落ち込んだ。
 ちゃんと薬はのんでいる。
 主治医が
 「0は寝たきりですからね。あなたの今は『普通と思う状態』の何%ですか?」
と訊いてきた時、
 「20%」
と答えた。

 朝が起きられなくて、目をつぶったままふとんの中でtetsuさんに力なく手を振った。
 昼間は『おふとんみの虫』。羽布団にくるまって、膝を曲げて、体を丸くしていたい心地が、何日も何日も続いた。
 夜、夕飯の支度ができなくて、カエルコールをしてきてくれたtetsuさんに『ナカ食』の買い物をお願いした。

 『鬱病』は医学的に証明された『病気』である。大学の一般教養授業でレポート提出のためにいろいろ調べて勉強した。抗鬱薬や睡眠薬の働きについても、生理学や生物学、化学を学んだ人間としては理解出来る。基礎知識はある、と思う。
 
 9月に退職したときに、ボスに
 「まじめ過ぎ。もうちょっと、考えすぎないようにしなよ。だいたい気の持ちようだと思うし」
と言われた時には、心の中で『あなたのせいだ!』と叫び、『気の持ちようで済むなら、いいよ!』と思ったりした。

 けど、『気の持ちよう』を上の方に持って行くパワーさえ、頑張っても沸いて来ず…。何をやろうとしたって、どう頑張ろうとしたって、家族の顔を思い浮かべたって神様に祈ったって、正直、ダメなときはダメだった。
 祈りが足りない?
 努力が足りない?
 気力が足りない?
 そんなことを言うなら、一度体験してみてよ…と思う。
 それが正しいのか、それともただ弱い自分を弁護しているだけなのか、わたしは本当に医学的精神神経的に病気なのか、それとも心が逃げているだけなのか、それすらも分からなかった。だって、『骨が折れている』っていう客観的なものと、全然違うんだもの。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 おふとんから出られなければ、出たくなければ、出ようとしなければ。
 夫のtetsuさんは
 「朝ごはん、何を食べればいいの?」
と訊ねてきて、わたしがなにか言って、彼は自分で食べて身支度をして
 「行ってくるね」
と握手して、出勤して行く。

 でも、今日は、朝7時のアラームで起きられた。
 白菜とあげと豆腐でおみそ汁を作り、卵焼きを作り、夕べに引き続きニンジンと鶏とごぼうの炊き込みごはんをレンジで温めた。ヨーグルトを小鉢によそって、蜂蜜とジャム。
 揃って
 「いただきます」
をして、食べて片付けて、無事(?)tetsuさんを送り出せた。

 今日は、その後、眠気を感じなかった。
 tetsuさんを送り出したあと、『二度寝』しなかった。
 お洗濯を2回して、車に乗ってスーパーで買い出しをして、図書館で借りた本を読んだ。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 普通の専業主婦なら当たり前かもしれないね。

 でも、今のわたしにとってはすごい、『当たり前な平凡な朝』だ!

 東から射す陽を浴びながらお洗濯物をベランダに干して、とても、嬉しかった。

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作る気になった

 ここのところずっと、『食べるのさえも面倒』という鬱な状態が続いていたのだけれど、夫のtetsuさんがお昼休みに、毎日、
 「調子はどう? お昼ごはん食べた?」
と電話をくれる。
 今日もきっと、来るだろう…と思ったので、先にお昼ごはんの支度をした。
 あぁ、ひょっとしたら、いつも気にかけて大切に思ってくれるtetsuさんのおかげで、心の波が少し上を向き始めたのかもしれない。わたしなんてお荷物にしかならなかった、結婚しなければ迷惑をかけなかった、と、思っていたから…。

 まぁ、作ったと言っても、簡単なお昼ごはんなのです。

 ベランダからネギをちぎって来て刻んで、小分けして冷凍してあったしらすと一緒に納豆1パックに混ぜてよーく練る。そこに卵を1個入れて混ぜて、ふわふわになったところをごはんにかける。

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 水をコップ1杯に『昆布茶』の粉末を少し薄めに入れ、チンゲンサイを1株ざくざく切って煮込み、市販の卵豆腐の添付の出汁醤油1袋と白みそを溶いた。
 卵豆腐本体は、1パックを十字に切って器に入れて、レンジで40秒ほど温める。
 チンゲンサイが煮えて柔らかくなったら、温めた卵豆腐の器に注いで、ゆずこしょうをちょこん、と。

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 うん、チンゲンサイ1株はお一人様ランチにちょうどいい感じ。甘いし柔らかいし。
 白みそは、好奇心から買ってみたもののどうもお味噌汁には不思議な感じだったので、ゆずこしょう風味で飲みやすくなった。

 そんなことで、お昼ごはん。

 09210206lunch3

 レトルト・インスタントよりはずっとおいしく温まる。
 そして、切るとか煮るとか溶くとかいう作業が楽しく思えた、今日のお昼ご飯。

 ちょっと、鬱の波の底から脱出しかけているのかもね。

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心の波

 心の波は触れ幅が大きい。
 年末年始に実家に帰って気楽に過ごしていた間はとても『いい感じ』だったのだけれど、1月半ばからはずっと、波の底の方にゆらゆらと留まる日々が続いている。
 例えて言うなら、調子の良さが『80%』から『40%』に落ち込み、さらに『20%』に低下。
 気分的には、ひたすらふとんにもぐり込んで、ただ何もしたくない、という状態が数日続いている。
 かかりつけの心療内科医は
 「だらだら過ごせばいいんですよ。ムリに何かしなくちゃ、と考えなくていい。焦らないで」
とおっしゃる。
 わたしにとってはその『だらだら過ごす』ということがどういうことなのか、まだよく分からない。

 夫のtetsuさんが自然の中に連れ出してくれたりすると、落ち着くし、楽しくもなる。
 平日は自分でどこかに出かけて行こう、というパワーが出ない。出かけるとしてもせいぜいスーパーに買い物に行く程度。
 それでも歩いていると、盛りのロウバイの花や、毎年同じ場所に咲くスノードロップが今年も咲き始めたのに気がついたりして、あぁ、そう言えば今日は立春だ、と思ったりする。

 09210204snowdrop
 
 何となく棚を見て回って、レジのおばさんに
 「お願いします」
と言って千円札を渡し、
 「ありがとう」
と言っておつりをもらって、持って来たかばんに榊を1把とグレープフルーツを一個だけ入れて、行きとは違う道で帰る。

 信心深い友人が集会に誘ってくれるので行こうかなとも考えたけれど、ひとと話すこと、ことに初対面のひとがいたりすると、その場は何とかなっても家に帰るとぐったりしてしまう。

 かくて、ベランダの花を眺めたり、HDDに撮ってあった昨日のドラマを観て泣いたり笑ったりして、ふとんにもぐり込んで丸くなって、ぼんやりと頭の中に浮かんでくることを思い出したり考えたり、夢を見たりしながら過ごす……

 ただ、そんなふうにひとり鬱々としていると、お昼ごはんを食べるのが面倒だと思ってしまう。
 『作るのが面倒』なのではなくて、『食べるのが面倒』になってしまう。
 昼メシ抜いたくらいじゃどうもなんないって。消費エネルギー少ないから、別にいいじゃん…なんて考えると、いいタイミングで夫のtetsuさんがお昼休みに
 「ごはん食べた?」
と電話をくれる。
 「ううん、まだ。食べたい気にならなくて」
と返事する。すると、
 「カップラーメンでもコンビニサンドイッチでもいいから、なにか食べてね」
と優しく言われる。
 そうすると、やっぱり何か食べなくちゃ、と思う。わたしって単純だ。
 面倒だなぁ、と思いながら、電話を切ったあと、レトルトの五目ごはんをレンジでチンして、お湯を沸かしてインスタントのわかめスープ、野菜が足りなさそうなのでキムチのふたをくるっと回して、何とか食べる。
 わたし自身の心の調子が良ければ、作ることって好きなんだけどな。根菜いっぱいの煮物、手作りみそのお味噌汁、塩をして焼いただけの魚、青菜の野菜炒めは塩とこしょうとオイスターソースを少し、かぶなら薄く切って塩揉みして昆布と一緒に浅漬けにして……切ったりゆでたり炒めたり、の料理の作業は好き。楽しい。そして、おいしい。
 それができない。今。
 インスタントやレトルトはあまり好きじゃない。外食・中食、インスタントやレトルトはおいしくないし、続くとやっぱり体調が悪くなる。
 だけど、食べないよりはましだよね…


 今、きっと、波の一番低いところだ。
 心身健康な人だって、心の波は揺れたりもするだろう。その波の底に落ちたときに自分を早く波の上に出す方法を書いたセラピー本がよく売れているみたいだね。『元気になる言葉』『あなたを幸せにする50の方法』etc...
 わたしはわたし自身の方法を見つけたいなぁ。
 欲するところは、まずは市民農園の獲得かな。去年は応募して抽選に外れちゃったけど、今年は当たるといいな。
 

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あきらめない、迷わない、急がない。

 8月の下旬から心療内科に通っているわたし。
 1週間ごとの診察が2週間ごとになり、体調や睡眠の状態をみながらあれこれ薬を変えて様子を見ながら、はや5ヶ月が経ったところで。

 年末年始の2週間は家族と気楽に気分良く過ごせ、寝付きも寝起きもまあ○。
 前回の受診では、
 主治医:「この良い過ごし方が維持出来れば、少しずつ薬も減らして行きましょうか」
と言うことだったんだけど。

 この2週間と言ったら…
 y:「どーんと下がってしまいました」
と、主治医に正直に話した。
 医:「どうしてですか?」
 どうして、って…
 他人と話したり会ったりが多かったからでしょうか?
 他人事で受け流せない話題が多くて。おまけに飲み会で他人と会って話をしてお酒を呑んだ次の日は、ほぼ1日ダウンだったのです。二日酔いだけだったら午前中には回復出来ると思うけど、もう、一日…バタンキューwobbly
 家事は…朝ごはんは週に2〜3日しか作れませんでした。夕ごはんは4〜5日作りました。お洗濯物は、溜まらない程度には、しました。
 ホコリがたまった棚の上のものを全部拭きながら掃除したり、ちょっと早いけど今年のみそを仕込んだりもしました。
 …でも、なにもやりたくないと思う時間が、それ以上に、長くありました。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 医:「ご近所の交流があるのはいいですね」
 3組のうち、1組の夫婦がおめでただったのを祝っての呑み会があったこと。そこで『おめでた』を楽しく祝えて、5ヶ月のおなかを触らせてもらって、ぱんぱんであきらかに皮下脂肪とは違う感じで感激したこと。
 もう1組の夫婦の奥さんの話から、ひょっとして彼女も鬱病? と感じ、なぜかふたりで呑みに行ってしまい、ちょっと動揺してしまったこと。(鬱病なのに鬱病のひとの悩みや打ち明け話聞いて、どーすんだ?! と、自分では思った。ひとの苦しさを今、受け止めることができる状況なのか? わたし。)
 元同僚と連絡が取れたこと。手術がいい方向に進み、その元同僚も妊娠出来る可能性が見えたこと。同時に、無理矢理辞めて来た元会社がどういう状態なのか、知ったこと…
 医:「ふむ。だいぶいろいろありましたね。でも、いいと思いますよ。妊娠、鬱、仕事。あなたにとって重要だと思っていることが含まれている」
 いいんですか…。

 y:「睡眠はよくありませんでした。寝付きも悪くて、ふとんに入ってから1時間くらい寝付けなかったり、朝5時ごろ目が覚めたりして」
 医:「それで?」
 …それで…?
 y:「ふとんに入ってから目を閉じて、いろいろ考えたり思い浮かんだり…でも、不安な気持ちにはなりませんでした」
 そう、眠れないのが異常とか不安とか、これからどうなるんだろう…とか不安にはならなかった。
 希望を持とうとした。
 今年は、薬をやめて、できれば赤ちゃんを。あと、自分の生活に合わせて、仕事を。
 わたしとtetsuさんの赤ちゃんができたら、どんなコなんだろ…きっと眉毛は濃いめ? おしりも大きめ? なんて・・・(^^)
 薬をやめることができたら、ね。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 医:「お薬は、このままでいきますか?」
 え?
 先生は、わたしではないのに。どうしてわたしに訊くんですか?

 少し考えたけれど、答えた。
 y:「はい、このままで。同じ薬をのんでいて、良い時もありました。自分に波があるかもしれません。今がその波の底だからといって、対症療法ですぐに薬を変えてもどうか、と、思いますから」
 医:「そうですね。あなたは落ち着いて話をしているし、良い傾向だと思いますよ。コロコロ薬を買えないで自分の状態を見るのは、薬離れにつながりますよ」
 先生は、いつも結論を患者のわたしにゆだねる。
 『睡眠薬を増やしますか?』
 『薬を変えますか?』
 そして、
 『自分の生活に合わせて、睡眠導入剤と中期型睡眠薬を併用したり、しなかったり、いろいろ試して下さい』
 『わたし、理系の学生で研究室にいました。実験みたいですね』
 『話が早い。あなたがじぶんで、自分にいい方法を見つけたらいいですよ』
とニコニコなさった。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 治りたい。
 きっと、元気なわたしに戻れる。
 まだ冬眠中、春はきっと来る。

 わたしの生き方、生活の仕方、ひととの付き合い方。
 あきらめない。迷わない。急がない。

 あ〜あ、tetsuさんがわたしのパートナーで、良かった。今日も夜遅いはず。夕ごはんは、何にしよう。 

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あたたた…っ

 しまった…。
 失敗した。呑み過ぎた。騒ぎ過ぎた。
 …聞き過ぎた…。疲れた。

 もうおやつの時間です。
 枕元に水のペットボトルを置いて、とにかく水を飲みながら、う〜shock気持ちわる〜…
 いや、二日酔いよりも何にも食べてないのが気持ち悪いの原因なんだよね。お酒飲む時はあんまり食べないし、食べないから余計酔う。
 二日酔いだと感じた時はとにかく水を飲む。
 そのあと、大きめのカフェオレボウルにごはんをよそって、フリーズドライの卵スープを一個乗っけて水をかけ、レンジでチン♪でかんたん卵雑炊を作って、食べる。
 食べて、寝る。
 眠くなくても、寝る。またできるだけ水を飲みながら、ひたすら丸くなって寝る。
 ゆうに2Lは飲んでいるのに、お手洗いに行きたくならないのが不思議なところ…
 夕暮れ時、ようやく復活の兆し。

 う〜〜〜〜っ。
 おかしいな。
 最近、前日のお酒から復活するのに、ひどく時間がかかる。疲れてだるくてしんどい。
 薬のせいもあるんだろう、本当は『アルコールは避けましょう』なんだから。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 夕べ、同じ社宅に住む奥さんとふたりで近くの居酒屋に行った。彼女がよくダンナさんといくお店だそうで。
 予想通り、彼女はわたしと同じような時期に鬱病で仕事を辞めていて、性格も似ていた。
 彼女が話すことを聞きながら、時々自分の考えも話しながら、思った。
 …寂しいんだろうなぁって。
 結婚して関西から東京に来て、友達ってなかなかできない。
 社宅でも、子どもがいない夫婦は…
 生真面目で正義感が強く、夫婦なのにダンナさんにも『全面オープン』ではない感じ。
 誰のことだ?
 わたしのことかも。
 性格、似てる…

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 予想外のことまで突っ込まれたし、そ、そこまで聞いていいのかしらん…と返答に困ったり。
 素直でまじめで一生懸命で、そして誰にも話せなくて悩んでて、歯止めが効かない、そんな話し振りにずっと耳を傾けていたためか、今日のわたしは心もぐったり。彼女の話は、わたしの話でもあったのだ。自分にとってもダメージは大きくて、まだまだとてもわたしの心は元気でないんだろう、と思った。
 一時の心の風邪じゃなくて、今までほったらかしにしてきた自分自身の心の自立が、わたしの心の風邪の原因なのだと思うから。
 
 できれば彼女と仲良く、助け合って社宅ライフを楽にいきたいなぁ〜、と思う。

 それにしても、ちと、呑み過ぎた…sweat01

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なぜ、書くのか。

 小学生の頃、「作文なんて大っ嫌い」というクラスメートの横で、せっせと原稿用紙を真っ黒にしていたわたし。
 読むのも好きで、学校の図書室へも市立図書館へも足しげく通った。
 国語の授業が作文だったら、次から次へと書いた。
 従姉の影響で同人誌なんていう開放的な世界を知ったときには、想像と妄想と創作が全開。
 授業中もノートを取るふりをしていつも何か書いていた。

 本を読まなくなったのは、高校生になった頃。
 他人が描いて広げた世界よりも、現実的な非日常や恋愛に真新しさを感じたからだと思う。
 『事実は小説よりも奇なり』とは、本当に、よく言ったものだ。
 読むことより書くことより、明日どころか1分のちにも予想がつかない、人間関係や恋愛に興味が向いた。
 自分が経験した、全てが新鮮で、すごかった。

 そのあと、一息ついて、また、少し書いた。 
 読んでくれるひとがいなくても、書いた。
 日記も書いた。
 童話も書いた。
 絵本も描いた。
 シナリオも、小説も、書いた。
 無垢だったり、過激だったり、自伝だったり、まったくのでたらめな空想だったり、いろいろ書いた。
 やっぱり、あまり本は読まなかった。
 他のひとの文体やくせや発想に似たくなかった。
 わたしはとても光るところの無い、平凡な人間だと思う。
 やりたいことはいくつか今までにあったけど、その理想の才能が、わたしには、たぶんなかった。
 でも何かはいつも書いていた。
 本は、少ししか読まない。
 誰にも似たくなかったし、まねしたくなかった。
 自分の気持ちで、自分の言葉を、書きたかったから。

 もし、わたしが不慮に死んだら、夫のtetsuさんはわたしのノートやパソコンの中身を開いて、きっとびっくりするだろう…と思うようないろいろな文章を書いた。

 なぜ、わたしは書くんだろう?
 …って、考えた。

 自分を見つけたくて、書くんだ。
 と思った。
 気持ち、心、生きていきたいから、書くんだ、と思った。
 あらすじがいくつかあって、物語を書きたいと思っている。
 書いているのがひとつ。
 思いついて途中で止まっているのがいくつか。
 結局、心に無いことは書けなくて、いない人のことは物語の中には生まれなくて、わたしが書いている途中の物語の中に出てくるひとが、もしも読んだら「自分だ」って分かると思う。
 書きたい。
 世に出なくても、書くことでわたしが分かることがあるから。
 今も書いている。
 なぜ書くのか、まだ説明しにくいけれど、でも書くことで分かることがあって、それがわたしにとって生きることのひとつの手段だと思っている。
 
 

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気が重〜い…

 夫のtetsuさんの実家で、27日にお餅つきですってさ。
 小学生の姪っ子が28日から30日までスキーに行くから、彼女に合わせて早めのお餅つきなのだそうです。
 もし27日に帰省したら、年明け4日か5日まで、9日間か10日間、どっちかの実家にいなきゃいけないわけさ。
 う〜。
 …気が重〜い…っ。

 だいたい、双方の実家には、鬱病を患ってるってことは言ってないし、言う気もないし。
 2〜3日くらいなら何とか事情を知らない親族に合わせて行動出来るけど、10日! は、ちょっとしんどいなぁ…。
 この間、用事があって3連休にtetsuさんの実家に帰った時も、朝起きれなくて体調も良くなくて、
 「風邪みたい」
でごまかしたけど、そうそう同じ手は通用しないだろう。
 帰省するたびに風邪なんて言ってたら、
 『うちのお嫁さんは、帰ってきたくないのかしら…』
なんて、お姑さんが心配しちゃうよぅ。
 心配させたくないから黙ってるのに。
 …困ったな。

 かかりつけの心療内科の先生に相談したら、
 「年末年始の親戚の挨拶周り、みたいなことは、避けた方がいいんですけどね。でもそういうのを大切にするのが日本の風習だし、あなたが親族を大切に考えることは、悪いことじゃない。う〜ん…ま、仕方ないでしょう、内緒にしていて心配をかけたくないなら、ちょっと頑張ってらっしゃい。終わったら休みましょう」
と言われた。

 う〜〜〜!
 気が重いよ、年末年始の帰省…。

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仕事の基本に足りなかったもの

 おとといに引き続き、テープ起こしのお手伝い。
 今日のは長い。40分もある。うひ〜coldsweats01

 インタビューからは、
 「会社で働くすべてのひとに『お客様に笑顔になってもらうにはどうしたらいいの?』という気持ちになって、それを基本に仕事に取り組んで欲しいんです」
という、熱い想いが伝わってきた。

 お客様が笑顔になってくれるには、お客様が喜んでくれるには?
 そのために、接客する自分に何ができるか、何をすべきか…
 上から『あれをしろ』『これをしろ』ではなく、自分の心の底に『お客様が笑顔になって下さるには、どうしたらいいんだろう?』という気持ちがあれば、何十項目もの細かいマニュアルや言葉使いの練習よりも、お客様に応じて、その場に応じて、ずっと喜んで頂ける接客ができるはず…
 そのためにお店のスタッフ全員が協力して、ひとりで考えるよりもずっといいアイデアを共有できるような、活き活きと楽しい会議をしてもらって、スタッフにも喜んでもらって…
 お客様に笑顔になって欲しい。迎える自分も、笑顔でお迎えしたい。
 そう思って仕事に取り組んで欲しいんです。
 キーワードは『笑顔』それを、全ての社員に、意識の根底に植え付けたいんです。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 ICレコーダーを止めたり戻したりして話をパソコンの画面に文字にしていきながら、この間までやっていた仕事のことを思い出した。
 わたしが勤めていた小さな造園会社では、社員同士が仲良くするのが嫌われた。
 『同僚は敵と思え』と言われ、売り上げを競い合わせ、『誰かの不穏な動きを告げ口すれば褒美をやる』と言われた。
 帰りに同僚と呑みに行くのすら、経営者に気づかれないようにこっそりとプライベートの携帯で連絡を取り合い、別々に知らんぷりして退社して集合したりした。
 トップデザイナーは
 「オレのデザインでお客さんが感動してくれた、喜んでくれた」
と自慢げに話したけれど、それは、自分が認められたのに有頂天になっていただけだ。
 経営者に『仕上がりが不満、説明されていた図面と違う』というクレームの報告をしたら、
 「理由を付けて、構造上こうせざるを得なかったと言いくるめてごまかせ。直したら損する」
とまで言われた営業もいた。
 あの会社にお客様の笑顔はなく、社員の笑顔もなく、あったのは会社第一主義の経営者と歩合給で競争心を煽る不調和と、自分がいつでも別に代わりがあるっていうコマの立場の虚しさだった。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 あの造園会社でも、このインタビューされている人たちみたいな、キラキラとして『笑顔が一番、これから変えて行くぞ!』ってことができたなら、もっと仕事したかったのにな。
 会社の経営方針と相容れないから、それを説得してまで、戦ってまでは、ここでがんばることはできない、って、諦めてしまったわたし。足りなかったのは、自分の気持ちの強さだったのかな。そこまでするほど、まだわたしがしっかり生きていなかったからかな。

 でも、少々強引だったけど、やっぱり、辞めて良かったなー…と思う。
 自分が変わるのは、ひとを変えるほどには難しくない。それでも、自分を悪い方には合わせたくない。
 最近、落ち着いていろいろ振り返ったり、考えることができるようになって来た。
 よし、よし。

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夕飯支度「ちょっとネギ取りに」

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 これは、ネギです。
 ベランダにある、夏にパンジーを抜いた後の古土だけの大きめの植木鉢に、穴を掘ってすぽんと入れて、水をやっている。
 スーパーで買った根っこ付きの太いネギと、義実家の両親が丹精してくれた柔らかいネギを畑から株ごと抜いてもらってきたのが植えて(?)ある。
 新聞紙は、日よけ。長過ぎて、白い部分全部が植木鉢の中に収まらなかったので、新聞紙で日よけをしてあるのです。

 それで、夕ごはんの支度をしているときに、
 「あ、ちょっとネギ取りに行ってくるね」
って、わざわざ夫のtetsuさんに言う。
 「はーい」
って、tetsuさんがパソコンの方を向いたままだけど、返事をする。
 わたしは戸を開けて、真っ暗な中ベランダに出て、
 「お〜、さぶさぶっ」
って言いながら新聞紙の中に手を入れて、よいしょって、引き抜いてくる。

 さくさくと斜め切りにして鍋に入れたら、これがまた、おいしいこと、おいしいこと!
 「うん、甘いねぇ! おネギがおいしいねぇ!」
って、言いながら食べる。
 味付けは出汁と少しのお酒と自家製みそだけで、あとは入れた材料から出るダシ。
 単純なみそ鍋なんだけど、なにを食べてもちゃんと全部違う、それぞれに火が通って甘くなったお野菜の味がする。
 その中で、やっぱり冬の太いネギは、格別!

 ネギが格別においしいのには、『ちょっとネギ取りに』効果もあると思う。
 外に出て、根っこを張ってるネギを引き抜く。
 大地の恵みを頂きますよ…っていう気持ちになれるの。
 それがいっそう、ありがたくておいしくて、自分一人じゃないどこかから、ちゃんと生きる力をチャージさせてもらってるんだ、という喜びになる…ような気がする。
 ちょっと大げさかな。


 
 

 

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そろって風邪

 昨日、朝から変だったの。胃が。
 起きて、まだ何も食べていないのに
 「うえっ(*o*)」
となって、その後は何を食べても飲んでも
 「うえっ、おえっ(-o-;」
の繰り返しでした。
 そして夜が更けて来た頃には、なんだか手のひらがぼわ〜っと熱くなって来て…額に手を当てると、額より手のひらの方が遥かに熱かった。

  ぜったい、悪いヤツが胃にいる!

 と確信。
 熱を測ったら、37.6℃。
 平熱が36℃の前半付近なので、37℃を超えて1℃も温度差があるとけっこうつらい(>_<)
 とりあえず、市販の総合感冒薬を服んでおふとんへ直行〜。

 帰宅した夫のtetsuさんも
 「熱があるみたい。寝る」
と、ゼリー飲料でエネルギーだけチャージして薬を服み、すぐにおふとんへ。やっぱり、tetsuさんも37℃ちょっと熱があったんだけど、額は熱くなかった。
 やはり、これは…
 「食欲ないの? 吐き気する?」
 「ちょっとする」
 どうやら、夫婦揃って風邪の原因が胃にいるようです。

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 今朝は、熱が下がっていたtetsuさんには温かいコンソメスープとゼリー飲料を出して薬を服んで、出勤。仕事の合間に会社近くの診療所に行ったようで、
 『熱はないので、どうやら風邪菌がおなかの中にいるみたい。胃腸薬をもらいました』
とメールがきました。
 熱がまだ下がっていなかったわたしは、スープを飲んで体を温めて、薬を服んで、ひたすらおふとんでじ〜っとしてました。まるで毒の実を食べてしまった動物みたいに。子どもの頃読んだシートン動物記で、そんな場面があったんだ…じっと休んで、全ての生命力を集中して元気になっていったの。
 大丈夫、温かくしてじっと休んで胃の中の悪いヤツに集中すれば、ちゃんと退治できるさ…(^^)b

 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 そんなことで、夕方暗くなったころ、幸い熱が下がって、復活…かな?
 今日の夕ごはんは、胃に優しいお雑炊にしておきましょう。

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