昨日の決意が揺るがないうちに、と、今朝電車の中からおかみさんにメールした。
『本日は出勤します。ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。お忙しいところ恐れ入りますが、お話したいことがありますので、お時間を割いて頂けませんでしょうか』
かばんの中に昨日書いた退社願が入っている。
ところが、今日は朝からバタバタだった。
朝一番、おはようございますも昨日まで済みませんも言えないうちに、突然ボスからノートパソコンを渡され、
「ソフトを全部インストールして、サリーと一緒にプレゼンに行って来い。すぐ!」
有無を言わせぬ口調だ。
「はっ、はい!」
だけどインストールしている時間がない。
すぐに会社を出、サリーちゃんが運転する車の助手席で、片道1時間半のうちに忙しくソフト4本のインストールと設定をした。
プレゼンの効果は・・・上々(^^)v 約一千万円の工事が決まりそうだ。
会社に戻ったら、もう4時近かった。来客があるとの事で、話しかけられた。
おかみさん:「メール見ました。打ち合わせの後でいい?」
ゆ:「はい。いつでもお声かけ下さい」
ドキドキしながら、1枚図面を描いた。夕べ陸さんが
『明日来れる? 悪いけど急ぎで1枚頼みたいんだけど、調子どう?』
とメールしてきた物件だった。(わたしが休んでいる間にもボスが『炸裂』していたそうで、陸さんからのメールは毎日

だった)
描きながら、どんな順序で話そうかとまたシミュレーションした。
そして、おかみさんが打ち合わせから戻ってほどなく・・・わたしが声を掛けられる前に・・・また『炸裂』したのだ。
今現在の標的は、陸さんらしかった。しばらく前は専務、そのあと経理のマロンさん、わたし。わたしへの当たりが最近和らいできたと思ったら、今度は陸さんになったのだ。
ボスがミーティングと称するその時間の大半は陸さんを責めるもので、本社の社員全員、どころか、専務まで現場から呼び戻してのボスの罵声は、結局4時間も続いた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
なんてタイミングの悪い。
夜10時、結局今日は、おかみさんと話すことができなかった。
おまけに、なんてタイミングの悪い・・・あの後で、ボスがボーナスの明細を配ったのだ。
わたし、今日、できたら『辞めます』って言おうと思ってたのに。退職願まで書いてあったのに。
まさか今日、今日がボーナスの日なんて・・・なんてタイミングの悪い!
おまけに、
ボス:「センセ、今からみんなで呑みに行こうよ」
げっ、嘘でしょ?!
ゆ:「すみません、まだ本調子でないので今日は遠慮させてください。時間も時間ですし」
ボ:「そうかぁ! そうだよなぁ、時間も時間だよなぁ! こんな遅くなってよ」
ボスが大声を上げた視線の先には・・・陸さんがいた。
・・・しまった。。。
ボスはさっさと会社を出て、駐車場に歩いて行った。陸さんが追いかけて行った。
まさか陸さん、あれだけ非難されて、それでもボスと一緒に呑みに行く・・・?
と不思議に思ったら、駐車場から陸さんだけが出てきた。
わたしはほかのスタッフに挨拶して、陸さんとふたりで駅へと向かった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ようやく声が出たのは、駅の階段を上がるころ。それまで、黙って2人で歩いてた。
ゆ:「ごめんね、助けられなかった」
陸:「・・・ん」
ゆ:「途中、陸さんのせいじゃないでしょって思った件に関しては何度か意見したんだけど、ボスを切り崩せなくて・・・結局あなた一人が責められた」
陸:「口でボスに勝てるひとは、そうそういないし。ましてあなたじゃ、ムリだよ」
陸さんの過失もあった。そのために会社にマイナスになったことも、確かにあった。ボスの言い分はその時正しかった。でもそれを正せばいいだけだ。それが関係ないことまでどんどん飛び火して、4時間ものあの苦痛。
ひいき目に見なくても、ボスが陸さんを呼んで間違いを叱って、もし責任を取らせるなら何らかの処分をして、せいぜい30分とかで済むはずだ。こんなふうに夜遅くまで全員を巻き込んで、全員の前で怒鳴り散らして、4時間も引っ張るものじゃないはずだ。
陸:「あ〜・・・さすがに落ち込んでるな」
ゆ:「・・・うん」
電車を降りて、改札を出た。
陸:「じゃ」
ゆ:「じゃ。また明日」
・・・。
今日は、彼は出張でいない。
帰って、いろいろ考えながら、陸さんにメールした。
『ホントにお疲れさまでした。
わたしは今帰ってきて、とりあえずビールです(- -)/□
なんと言っていいか・・・いつか陸さんがメールに書いてきた「嫌だ嫌だって気持ちで仕事してたら、『らしさ』なんか出ないよ」という言葉がずーっと心に残ってます。体調はついていけないんだけど、仕事したい気持ちはある。会社を辞める決意はしたけど、仕事は魅力的なので、何らかの形でつなげて行きたいと思う。わたしはこのままで終わらせるつもりはありません。
今のあなた、すごくつまらない顔して仕事してるよ?
やりたいことができない不満もジレンマも、分かります。ボスの当たりもきつくて、ずーっと辛そうなのも、見て分かります。
でも、わたしは頑張れとは言えないけど、やっぱり悔いは残さないほうがいい。
今のままの状態で仕事してたって、あなたがもったいないと思う。
辞めようと思ったらいつでも辞められるんだから、思い切って動いたら? やりたいようにやってみたらどう? 辞めるんなら、そのあとにして』
タイトルは、『気が向いたら読んでね』にした。
陸さんがもういい加減うんざりしているのは知っている。でも、やるだけやってから、にした方がいいんじゃない、って思って・・・余計なお世話かもしれないけど。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
メールでなく、電話が鳴ったのは、少し後だ。
ゆ:「はーい。まいどっ」
わざと明るく出た。
陸:「あぁ・・・。今日はかなり落ち込んだからさ、メール無視しようかとも思ったんだけど」
ゆ:「あら。無視しなかったの?」
陸:「まさか、ああ書いてくるとは思わなかった」
声が笑っていた。勢い良くしゃべっていた。
陸:「励まされるなんてね」
ゆ:「予想外?」
陸:「うん。逆に吹っ切れた」
・・・え。
陸:「おれ、今、そこまでここで頑張る気、ない。さっきは駐車場にボスを追いかけてって、『あそこまで言われてボーナスなんてもらえません』って返しに行ったの。受け取ってくれなかったけど」
そうだったんだ。
陸:「ごめんな。おれ、明日、おかみさんに話しに行くよ」
ゆ:「え? 何を?」
陸:「もうムリですって」
・・・ちょ、ちょ・・・
ゆ:「ちょっと待ってよ! わたしが今日、おかみさんに話す時間割いてくださいって頼んだのよ。でも今日話せなかったから、明日に持ち越しなのよ」
陸:「あーあ。タイミング悪いな。明日ふたり連続だ」
ゆ:「考えを変えて、少しずらす気は?」
陸:「もうないよ」
・・・。
ゆ:「あ、そ・・・じゃ、明日」
陸:「はい。明日、頑張りますか」
ゆ:「・・・まぁね」
えぇい、仕方ない!
めいめいが決めた事だ。
今はお互いに、止める気はない。
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